(トラック3と4の間のネタバレを含みますので、本編終了後にご覧ください<先輩たちの最後の) ************************  あたしは騙されたのだ、夫に。  「田舎で暮らそう」  「家も建ててあげる。もちろん、両親とは別の家だよ」  「仕事をしたければ、うちで働かなくてもいいし。町役場の仕事を紹介できる」  東京の大学を卒業して、入社した会社で失敗した。 あたしに合いそうな仕事を紹介してもらって、派遣社員になって2年半。 派遣切りにあう直前で、当時付き合っていた夫からプロポーズを受けた。  夫はうだつが上がらないサラリーマンだったが、Uターンで実家に戻り、家業を継ぐらしい。 実家にも連れて行ってもらったが、裕福そうな家だった。 だから、あたしは結婚した。  ――でも、あたしは、夫に騙されたのだ。  結婚してからというもの、町があたしの世界の全てになった。 あたしは、町から出られなくなったのだ。 隣の町に行く程度ならいい。 何故か、町から離れようとすると、不運なことばかり起こる。  親友の結婚式に出ようとしたら、家中の車がパンクしていた。 好きなアーティストののコンサートは、アーティストの睡眠薬のオーバードーズでイベント自体がなくなった。 実家に帰ろうとしたら、実家が火災で焼失して。両親が焼死した。  ――その上、町の中には白い大男がうろうろしている。  こんな話、聞いていない。  「八尺様を見ないふりをすれば、全てが幸せでいられる」  「町の中から出なければ、幸福でいられる」  「ここはしきたりさえ守っていれば、とても過ごしやすい土地だよ」  「僕は外の血を入れるために、君と結婚したんだ。だから、子供だけ産んでくれればそれでいいよ」    ここが、化け物の養分の町だって知っていれば、あたしはここには来なかった。 あたしは夫に騙されたのだ。 あたしは、夫を許すことができなかった。  だから、新築の家の中であたしは、夫と仮面夫婦を演じ始めた。  ――そんな時、町役場で出会ったのが彼だった。 彼もまた、外から来た人だった。 何でも、奥さんの実家に養子として入ったらしい。――この町の真実を知らずに。  「君の気持ちはわかるよ。俺も騙されたんだ」    同じ境遇のあたし達が深い仲になるのは、そう時間はかからなかった。 そして、娯楽の少ないこの土地で、セックスと噂話(ゴシップ)は最大の娯楽だ。 だから、あたし達は隣町のラブホテルに入り浸り、どっぷりと肉欲に浸り。 あたしの後に入ってきた何も知らない余所者を、からかって遊んだ。  その位は許されるはずだ。 だってあたしは被害者なのだから。 あたしは何も知らされず、あたしは騙されたのだ。 少しくらい、我儘に生きたって罰は当たらない。  「スタンプカードがいっぱいになったから、次は宿泊だな。旦那に泊まり込みで集計作業するって言っとけよ」  「分かったー。新人が手際が悪いから、あたしがやらないとって言っとくー」    隣町のラブホテルから出て、帰りの車の仲。 彼はラブホテルのスタンプカードを、あたしに預けながらハンドルを握る。。 あたしは彼のその言葉に同意しながら、今日何本目かの煙草に火をつける。 この山道を反対側に走ったら、多分もっと遠くに行けるのに。 この車は、元の街の方に戻っていく。 それが何とも切なくて、あたしはサイドミラーに目を向ける。  「――」  ――そこには、町中をふらついていたあの「八尺様」が。 あたしの方に真っ黒な目を向けていた。