「3丁目の"あの家"に、ついに人が入ったんだって」  夕食時、噂好きの妻は酷く楽しそうに俺に声をかけてきた。  「そうか。他所の人、決まったんだね」  「ちょっと鈍間な、若い女の子らしいわー」    娯楽が少ない田舎の、それも専業主婦である妻にとっては、噂話(ゴシップ)は極上の香辛料(スパイス)なんだろう。 それに、適当に相槌するのも、夫の仕事だ。 ここは退屈な田舎だ。 3年前、流行に乗って、いくつかの村が1つに統合して、聞き慣れない名前を背負った――小さな市。 その実態は村の集合体だ。 そんな村の延長線上の町に、俺は小さな頃から住んでいる。  「ねぇ、そういえば隣の佐藤さん、除雪機を買い替えるらしいの。うちも来年くらいには――」  「あぁ、そうだな」  手をかけて作られた、代り映えのない飯。 適当に打つ相槌。  ――俺は賢い。 この地域での「生き方」を知っている。 目立ってはいけない。逆らってはいけない。 常に人の目があると思え。 隣近所とは仲良く、親切に。 地元の年長者のお願いには、嫌だと言ってはいけない。 やかれるお節介には「ありがとうございます」というべき。  そして、何より。 この土地に古くから住まう、「八尺様」については誰も何も口に出してはいけない。 今日もあの、3丁目の方でぐるぐると回っていた。 今回の八尺様は、あのあたりからは出られないはずだ。 きっと今回も、いけにえを捧げれば――。  「貴方、箸が止まってるわ。おいしくなかった?」  「いや、そうでもない」   そう、ここは田舎。 ここは、時間が止まったかのような牢獄。  ――ここは外の世界とは、違うのだ。