「ねえねぇ、貴方。事故、どうだった」  「あぁ、2人共、顔が分からないくらい酷かったよ」  いつもと変わらぬ夕食時。妻は今日も、噂話(ゴシップ)を楽しんでいる。  「あの2人って不倫してたんでしょ? それじゃ、仕方ないわよね。お葬式は何時かしら」  「早めに燃やしたいだろうから、すぐだろうね」    俺が駐在という仕事をしている以上、俺の所にはいつも噂話が舞い込んでくる。 それを妻は夕食で俺から聞き出し、一晩で膨らめて。明日の朝の井戸端会議で話すのだろう。 ――その位は許された娯楽だ。特に俺が咎めることはしない。 どうせ、町の外には伝わらない。  だが。  「くれぐれも、"他所の人"には関わらないようにね」    俺は賢い。 だから釘をさすことは忘れない。死んだ連中とは違う。    「昼間会うことはないから、大丈夫よ」    そして、妻も馬鹿ではない。 ――俺達は、ここで生きていくしかないのだから。 しきたりには従わなければ、生きていくことはできない。  今回の"事故"は、山道のカーブを曲がり切れなかった車が崖から落ちた、稀に見る大規模な事故だった。 現場にはブレーキの痕はなく、犠牲になった2人はもちろん助からなかった。 2人共、かなり体が損傷していたが、服装と車からすぐに身元は分かった。  犠牲者の1人は、町役場で働く俺の幼馴染。もう1人は同じ町役場の人妻。 2人共、同じ「困りごと課」で働いていた。  彼等は配偶者との関係が冷めきっていたらしいから、刺激が欲しかったのだろう。 2人はお互いを刺激物として消費するだけでは足りず。 久し振りに村に来た"他所の人"にちょっかいをかけたことにより。 ――「八尺様」に報いを受けたらしい。  "他所の人"には、必要以上に関わってはいけない。 それが、この町のしきたりだ。 "他所の人"は「八尺様」の供物なのだから。 供物に、生贄に、必要以上に関わってはいけない。  そう、この町には「八尺様」という存在がいる。 それは、古くからこの町に伝わる怪異だ。 十数年に1回、「八尺様」は現れる。 その姿は、男の場合もあれば、女の場合もある。 ――だから、恐らく毎回違う個体なのだろう。 共通事項は真っ白な衣服と。かなり大きな背丈。虚空のような瞳。 今まで何体か「八尺様」を見たことがあるが、それだけは共通していた。  ――だが、町の者(おれたち)に「八尺様」が見えていることを、「八尺様」には悟られてはならない。 声が聞こえても、その声に気づいてはいけない。 噂話だって、してはいけない。 気付かれてしまえば、魅入られてしまうから。 魅入られてしまえば、元に戻ることはできない。 どこかに消えてしまうだけだ。 そして、誰かが魅入られて「八尺様」に攫われるまで、「八尺様」は町中を散歩し続ける。 だから――、この町は"他所の人"を呼ぶのだ。 生贄にするために。 自分達が、生き残るために。  「そう言えば、隆之。来月戻ってくるんだって。職場で上手くいかないことばかりで、やっぱりここがいいみたい」  「――そうか」  そして、この町はここで生まれた人間を逃さない。 町から出られたとしても、その人間は必ず不幸になり――この町に戻ってくる。 俺の息子も俺の制止を振り払って町から出たが、呪いからは逃れられなかったらしい。  「幸子さんの所の娘さん、高校卒業するから丁度結婚相手に良いと思って。明日、お見合いの話を持っていくわ」  「就職先は、町長に相談しておくよ。町役場の欠員も出るだろうしな」      そう、ここは田舎。ここは、怪異の餌場。  ――ここは外の世界とは、違うのだ。