本テキストはフレーバーテキストです。 通常楽しんでいただく際には、気にしなくて構いません。 ダークファンタジーのイメージで書いておりますので、 気になった方のみ、お読みください。 また、本作は「蒼の歌姫」と同じ世界観に存在しています。 お気になった成人の方はそちらもお楽しみいただけましたら幸いです。 ◇◆◇◆◇  光溢れる場所。それが守護天使の本来の居場所。天界への帰投命令が上司から出たシャムシエルは、久しぶりに天界に戻っていた。    生まれた場所はここ。この世界を束ねる神の住まう場所「天界」。神のいる場所のほど近くにある生命の樹からは、今日もシャムシエルの様な天使が無数に生まれている。  生命の樹になった卵から孵化し、数時間で成人の姿になり、当たり前の様に職務につく。  シャムシエルやサリエルは中級天使だ。同じ「型」の天使など、たくさん存在する。 それぞれが個体番号で管理されており、"シャムシエル"という名前は今回の任務用に与えられた名前でしかない。  天使の寿命は人間からすれば気の遠くなるほど長いのかもしれないが、大体は任務中や戦闘中に命を落とす。落とした命はまた、生命の樹に帰ってリサイクルされる。  そのリサイクルの輪から離れる例外もある。天使でなくなることで天使としての死を迎える、堕天だ。天使は迷うことは許されない。神を心より信じる必要がある。その信仰と忠誠が陰りを迎えた時、天使は翼を失って堕天するのだ。  元々、食べることなど必要のない天使が生きて至れるのは、神の愛を受けているからだ。だから、休むことも食べることも必要なく天使は働くことができる。  しかし、天に対して迷いを深めた天使は天使である ことを剥奪され。神からの愛を失う。  その先は、衰弱死することが殆どだ。堕天すれば、魂は生命の樹に戻ることができず、消滅する。  シャムシエルは、すれ違う自分と同型の天使に挨拶をすることもなく。無表情のまま、自分を呼び出した上級天使の部屋を訪れる。ノックは2回。いつも「守護対象者」に向ける優しい声と笑顔はそこにはない。そこには冷徹で手段を択ばない「天使」は、上司のいる執務室のドアを開く。  「アルマティ様。個体番号E35921。シャムシエル、入室してもよろしいでしょうか」  「入れ」  「失礼いたします」  愛想笑いを浮かべるわけでもなく、シャムシエルは自分の上司の声に従って部屋の中に入った。上司が待っている執務室は必要最低限のモノしか置かれていない。大きな執務机がそこに在り、奥に金色の髪の上級天使が足を組んで座っている。  「報告書は目を通した。――まあ、順調に魂は磨かれているようで良かった。あと2〜3回繰り返せば、お前の任務も終わるな」  「はい。魂のレベルは上がってきておりますゆえ。ご安心ください」  シャムシエルは机を挟んで深々と例をする。彼の今回の任務は「守護対象者を護る、守護天使であること」だ。だが、基本は見守ることであり、励ますことはあっても「守護対象者」を直接助けることは推奨されていない。  「"かの箱庭"は、あの魂のために作られた世界だ。あの魂が苦難を乗り越え、磨かれ、再び"かの箱庭"に生まれ、生きていく。あの魂以外は全てハリボテであの魂以外は全て作りものだ。――それを知らず、疑似輪廻であの魂は磨かれる。お前はそれを監視し、あの魂を高みに導く。うまく回っているようでよかったよかった」  上司である金髪の男、上級天使アルマティは他人事の様にそう、興味なさげに口にした。手元にあるタブレット端末で、報告書を再び斜め読みしているらしい。  「そう言えば、あの魂の意識に僅かな揺らぎがあるとの報告があるが。お前も知っての通り、そいつは元々地上界の歌姫の1人だ。金の歌姫。ミガルズの誰より最初に俺達の企みに気づき、国王が入れ替えられていることに最初に気づいた女だ。努々、注意しろよ」  「御意」  「ミガルズの方はもうすぐ片が付くだろう。俺も普段は地上に降りていることだしな」  「ご武運をお祈り申し上げます。アルマティ様」  「普段はジュードだよ。――それじゃ、よろしく頼むぜ」  面会時間はわずか5分。シャムシエルは無表情のまま、アルマティの執務室を後にする。足は迷わず、次元回廊に。光溢れるそこから、「守護対象者」が存在する「疑似的に作られた世界、"かの箱庭"」に転移することができる。  "かの箱庭"。そこは閉じられた世界。魂を浄化し、作り直し、天界の駒にするための箱庭。シャムシエルは守護天使という名前を借りて、標的となる魂をその箱庭で磨いているにすぎないのだ。もちろん、守護対象者は知らない。    その世界が箱庭であることも。疑似輪廻の中で、何度も同じ時間を繰り返していることも。魂が磨かれ終わった後は、英雄として永劫に続く悪魔との戦いが待っていることも。  元々の彼女は「金の歌姫」として、地上界を護ろうとした女であったことも。天界が秘密裏に地上界に侵攻を仕掛けたことに気付いたその彼女は、派遣された天使によって殺されたことも。そして、その彼女を殺した天使こそ、シャムシエルであることも。  "かの箱庭"の中で安らかに眠る守護対象者の頭を、シャムシエルは撫でる。何度も、何度も愛しそうに。  「――貴方とずっと一緒にいたいと思う私はきっと。いつか。間違えてしまう気がします。この気持ちはきっと、特別な"好き"。なのでしょうね。そんな貴方に本当のことを言えない私を――許してください」  "かの箱庭"の中、歌姫の魂は金色の静かに輝く。その輝きを今、シャムシエルは切ない眼差しで静かに見つめていた。