--------------------------------- Track1. 見えてるくせに ねえ…。ねえってば…。さっき…私と目、合ったよね? すぐに目をそらして、咳払いしてたけどさ……。誤魔化してたの、バレバレだよ? 今だって……私の声、聞こえてるんでしょ? 話しかけたとき、体がビクッって反応したの、気づいてるんだから。……もう、そんなに怖がらないでよ。別に、君のこと取って食おうってわけじゃないの。私はただ、話相手が欲しいだけ。私のことちゃんと見えてそうな人、君が初めてだからさ。 年齢だって近そうだし、なんとなく、趣味も合いそうだし。私としては、この機会を逃したくないわけ。だから……ねえ。ちょっとくらい、私の方向いたらどう?……ふーん。あくまで、見えない振りするつもりなんだ。 見えてるくせに。 …わかった。そっちがその気なら、私にだって考えがあるんだから。君の体に触れることはできないけど……こうやって……君の後ろに立って……。 はぁ…ふぅーーーー。 ふふ、どうしたの? 体、ビクンって大きく震わせちゃって…。もしかして、耳、弱いの? これは…確認してみないとね…。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 思ったとおり…。ふふ、なんだか楽しくなってきちゃった。安心して…。ちゃーんと、反対側もしてあげる…。 はぁ…ふぅーーーー。 ふふふ。息を吹きかけただけで、こんなに反応してくれるなんて。本当に…耳、よわよわなんだね…。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 ねえ、これでもまだ、無視するの…? 君がこっちを向いてくれないなら、寝てるあいだも、起きてるあいだも、ずーっと耳を攻めちゃうよ? 今みたいに耳元で囁いたり…こうやって…ふぅーーーー…って、息を吹きかけたり…。 きっと寝不足になっちゃうね。私のことしか考えられなくなっちゃうね。ねぇ、それでいいの? そんなの耐えられるの?それとも……。もしかして…君は…それを望んでるの…? …………やーっと、こっち向いてくれた。ふふ、私の勝ちね。それじゃあ改めて、自己紹介させて。私の名前は、楠木夜子。この家に住む…えっと…地縛霊ってことになるのかな? よろしくね、耳の弱い変態さん♪ --------------------------------- Track2. 絵に描いた君 ふーん……。さっきまで見えない振りしてたのに、今度はマジマジと私の顔見つめてくるんだね…。じゃあ、私も見つめ返しちゃおうかなー……。 へえ……。こうやって見ると…君って結構、かわいい顔してるんだね。……どうかしたの? 顔、赤くなってるよ? かわいいって言われて、嬉しかったの? …違う? うーん、それじゃあ……。あっ、わかった。君……私に惚れちゃったんでしょ? なんて…そんなわけ……。えっ…? なに、その顔。耳まで真っ赤にしちゃって……。もしかして本当に…惚れちゃったの…? えっと、からかってるとかじゃなく…? そっ…か……。なんていうか、君って……相当アブノーマルなんだね…。私みたいな地縛霊にひとめぼれしちゃうなんて……。 …ねえ、ひとつ聞いていい? 私の顔って、その、変じゃない? ほら、私って死んでるでしょ? だから、鏡にも映らないし、今どんな顔してるか自分でもよくわからないんだよね…。 もしかしたら、結構怖い感じなんじゃないかなって……。君だって最初、目をそらしたでしょ? 口が裂けちゃってたり、目が飛び出てたり……。そういう怖い感じになっちゃってるんじゃないかな、って……。 ん、どうしたの? スケッチブックなんか出して…。私のこと絵に描いていいか…? 似顔絵描いてくれるってこと?君って絵描けるんだ。……ふーん、そっか。じゃあ、お願いしよっかな。 ……へえ、そうやって描くんだ。アタリっていうの?なんかそれっぽいっていうか、描き慣れてる感じだね。なに、描いてるとこ見られるの恥ずかしいの?そう言われると、かえって覗きたくなっちゃうけど…。ま、邪魔するのも悪いか。 ……ねえ。ただじっとしてるのもつまらないし、ポーズ取ってあげようか? どんなポーズ取ってほしいとかある? ちょっと澄ました感じで足組んでみたり…。さっきからチラチラ胸元気にしてるし、胸を強調したポーズなんかもいいかな…。 あっ、それならいっそ…服も…脱いだ方がいい…? 君になら、私の裸…見せてもいいよ…? ねぇ、興味ない? 君が望むなら…私、どんなポーズでもしてあげる……。 …ふふ、なんてね。君って反応いいから、私もからかい甲斐があるよ。絵の調子はどう? そろそろ描き終わりそう?…なんだ、もう描き終わってたんだ。見せて見せて。 ……私ってこんな顔だっけ?なんていうか、その、美人すぎない…?美化して描いてご機嫌取ろうって魂胆なんじゃない?…見たまんま描いただけ…? そう…まあ…君の目にはこう映ってるってことか…。 …ねえ、この絵、勝手に捨てないでよね。ほら、鏡に映らないから不便なの。なにかないと、自分がどんな顔してたのか忘れちゃうし…。だから、いつでも見られる場所にあると助かるなって……。 ……やめた。なんか悔しいけど、やっぱちゃんと褒める。絵、すごい上手いじゃん。表情の描き方も、その、魅力的だし。私が一番好きだった、私が一番したかった、表情してる気がする。これってさ、ただ絵が上手いだけじゃなくて、ちゃんと魅力ある絵を描けてるってことだよ。 ……へえ、君、漫画家目指してるんだ。こんなにいい絵描けるんだから、きっと君はいつか漫画家になれるよ。私と違って、未来があるから……。 私にもね……夢があったんだ…。小説家になりたかった……。自分が書いた物語を、たくさんのひとに読んでもらいたいって…。結構がんばって書いてたんだけど……。あと…ちょっとのところで……。 ……ごめん、変なこと話しちゃって。絵、描いてくれてありがと。そろそろ消えるね…。うん……。じゃあ、おやすみ。 --------------------------------- Track3. 息もできないくらい 起きた…? なにしてるって…見ればわかるでしょ? 君に、馬乗りになってるの。…ねぇ、今どんな感じ? …そっか、動けないんだ。不思議だね、幽霊だから君に直接触れてるわけじゃないのに、こうやって体の上に乗ると動けなくなるなんて…。これって、金縛りっていうのかな? 金縛りは、はじめて…? ふーん…そうなんだ…。 …さっき、君のスマホの通知見ちゃった。最初の一文しか見れなかったけど、まずは読み切りに向けて頑張りましょう、ってメッセージ来てたよ。……君って、もう担当さんついてるレベルだったんだね。通りで絵が上手いと思った…。ただの漫画家志望じゃないじゃん。もう夢にあと一歩って感じなんでしょ? 正直言うとね、君のことが羨ましいの。妬ましいの。悔しいの。…私、ね。私と君って、似てるなって思ってたの。私が書きたかったのは小説だったけど、君が描くのは漫画だけど。 苦しみながらなにかを作って、夢に向かってがむしゃらに手を伸ばして…。それでも…全然届かない…。きっと君もそうだって、勝手に決めつけてた。私と同じ、夢の半ばなんだろうなって…。仲間意識だって感じてた…。 けど、全然違うじゃん。私はすべてにおいて中途半端で、なにも結果を残せなかったけど。君はあと少しで、夢に手が届くんでしょ? なんだか急に…君のことが憎くなっちゃった…。 自分で自分のことが嫌になっちゃう…。私、こんなに嫉妬深かったんだ。それとも、地縛霊になっておかしくなっちゃったのかな? さっきまで、ちょっといいなって思ってた君のことが、憎くて憎くてたまらないの…。 ねえ、このまま首絞めたら、どうなるのかな…? ……ふふ、苦しい? ねえ、苦しいの…? 息…できない…? ふふふ、苦しそうだね…。これも金縛りっていうのかな…? それとも、こういうのは呪いって言った方がいいのかな? 今、私は君を呪ってる…。このまま私が首を絞め続けたら、君、死んじゃうのかな…? そうしたら、二人で地縛霊になるのかな…? それとも、私がひとり地獄に落ちちゃう? ふふふ。苦しいよね、苦しいよねぇ…。金縛りで動けなくて、息もできなくなって…。どうしたの、プルプル震えて…。もう限界…? もう逝っちゃうの…? このままラクにしてあげてもいいけど…。もっと…苦しんでもらいたいから…。ちょっとの間だけ、手を離してあげる。…死ぬまえに、なにか言い残すことはある? ……なに? 咳がうるさくてよく聞こえなかったんだけど…。はぁ…なに言ってるの…? 私が書いた小説を気に入ったから、一緒に漫画を描きたい…? ……脳に酸素まわってないんじゃない? 命乞いするにしても、もっと他にあるでしょ…。 ……ふーん。君の漫画、ストーリーが弱いって言われてるんだ。設定もありきたりで、絵が活かしきれてないって…。だから、私にストーリーを考えてもらいたいってわけか……。 けど、そもそも君、私の書いた小説なんて読んだことないでしょ……。えっ、読んだ? 楠木夜子で検索して…?投稿サイトにアップしてたのはペンネーム使ってたはずだけど、そんなのどこで……。出版社の新人賞のページ…? えっ…どういうこと…。調べたら出てきたって……。なにそれ……。ちょっと、その画面見せて! ……本当だ、これ私が書いた……。……そっか。最後に出した新人賞…最終選考に残ってたんだ……。そっ…か……。私…あとちょっと…だったんだ……。 えっと、なんの話だっけ…? 君と私で漫画を描く…? ……二人一緒なら面白いもの描けそうだと思った、って。出会ったばっかの地縛霊に、なにを求めてるのよ…。それに私、さっきまで君の首を絞めてたんだよ…? 怖くないの? …ちゃんと話せばわかってくれると思った? 本当…変なやつ…。 ふぅ…なんだか拍子抜けしちゃった…。苦しい思いさせちゃって、ごめんなさい。もう金縛りなんてなし。首絞めもなし。約束する。…ところで、君、明日暇? そっか…一日中バイトか…。じゃあ、明後日は? …うん、だったら明後日で決まりね。 なにって…漫画描くんでしょ? …君の力になれるか、正直まだ全然自信ないけど。誘ってくれたの、嬉しかったから。私にやれることがあるなら、頑張ってみたいの。 ……それじゃあ、決まり。描く内容は決まってるの? そっか、だったら、まずはネタ出しからかな。……うん。じゃ、今度こそ、おやすみなさい。 --------------------------------- Track4. 君と描くミライ それじゃあ、早速漫画のネタ出ししよっか。まずは、君の意見を聞いてみないとね。こういうジャンルのお話が描きたい、とかなにかないの? 格好いいバトル漫画描いてみたいとか、青春全開なスポーツ漫画描いてみたいとか。…ちょっとエッチなラブコメ描いてみたい、とか。ねえ、君はなにを描きたいの…? 描きたいものが多すぎて、自分でもわからない…? はぁ…君ってひとは…欲張りというか、欲がないというか…。 そういえば、君の漫画読んで、ひとつ気になったことがあるんだけど…。その、なんていうか…。絵はすごく上手いんだけど、キャラの表情が思ったより硬いというか…生き生きしてないというか…。 私のことは…あんなにいい表情で描けてたのに…。もしかして、私の似顔絵って奇跡の一枚だったの? …奇跡かどうかはわからないけど、描いてて楽しかった?……ふーん、そっか。じゃあ、こんな話なんてどう? 漫画家志望の主人公が安い家賃につられて事故物件に引っ越したら、美人な地縛霊と出会う。小説家志望だった地縛霊は、夢半ばで死んだことを後悔していた…。二人は協力して、漫画を描くことになるの。地縛霊はウブな主人公をからかったりしながら、次第に絆を深めて……。 ……ね、結構アリなんじゃない、これ。…うん、私たちの話。自分で言うのもなんだけど、こんな変わった実体験、なかなかないだろうし。漫画のネタにうってつけだと思わない?……良かった、君も乗り気で。じゃ、ネタはこれで決まりね。そのまんま書いても面白くないから、色々脚色しないとな……。 …うん、もちろん、私にも協力させて。漫画の原作なんてやったことないけど、せっかくのチャンスだし…。私、やってみたい。君がもしデビュー決まったら、きっと私…。ううん、なんでもない。 担当さんに見てもらうネームっていつまでに必要なの? …そっか来週の水曜日か。あんまり時間ないね。早速、ネーム作り始めよっか! --------------------------------- Track.5 さよなら夜子 おかえりなさい。打ち合わせどうだった…? うん…うん…。えっ…嘘…。読み切り決まったの…? ってことは、つまり…。漫画家デビュー…? おめでとう! すごいよ、やっぱ君には才能あるんだよ! えっ、ストーリーも褒められてた?そっか…よかった…。本当に……。漫画の原作なんて初めてだったから、すごく不安で……。君の絵が素敵なのに、私のお話が台なしにしちゃわないかって……。 ……これで、君も晴れて漫画家さんだね。読み切りだからまだまだスタートライン? 確かにそうかもだけど、私からしたらそのスタートラインに立ったってだけでも、すごいことなんだよ…。そうだ、なにか君にご褒美あげなきゃね…。どうしよっかな…。君はなにをしてほしい…? ……どうしたの、黙り込んじゃって。考えてるの? それとも、恥ずかしくて言えない…? じゃあ…私が…君がしてほしいこと、してあげる…。 ふふ、こうやって後ろから囁いてると…出会ったときのこと思い出すね…。君の弱点、ちゃーんと覚えてるよ…? はぁ…ふぅーーーー。 やっぱり、ビクンってなった。まえより敏感になってるんじゃない…? こういうことされるの、ずっと期待して待ってたの…? 本当に君って……へ・ん・た・い。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 顔、真っ赤になってるよ…。声出ちゃいそうなら、我慢しないでいいからね…。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 かわいい反応…。反対の耳も…してあげる…。 はぁ…ふぅーーーー。 余計なこと考えないで、耳に集中して…。もっと私のこと、感じて…。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 ふふ…お顔、トロンってなっちゃったね…。ずっと…その顔見てたいな…。 はぁ…ふぅーーーー。はぁ…ふぅーーーー。 ……名残惜しいけど、これでおしまい。 じゃあ、最後のご褒美…。目、つむって。…なにをするかは、お楽しみ。 だから、ほら、目つむって。…ちゃんとつむってる? …つむってるね。よし。じゃあ、いくよ…。 ……ちゅっ。 …まだ、目つむっててね。私、もう死んじゃってるから…君に触れられないから…キスの…真似事しかできなかったけど…。私、君のこと、好きだよ。ダメ、目開けないで! 絶対に…目、開けないで…。泣いてるとこ…見られたくないから…。 私、君と出会って幸せだった。君と、もっと一緒にいたい。仲良くなりたい。一緒に漫画描きたい。…けど、もうこれ以上望んじゃいけないと思うんだ。 長く一緒にいれば、また、君に嫉妬しちゃうかもしれない。君の首に手をかけちゃうかもしれない。君の未来を…つぶしちゃうかもしれない…。だから、私……。もう、消えるね……。 目を開けないで!そのまま、目をつむってて…。私の体…なんかもう…透けちゃってるみたいだし…。恥ずかしいからさ…。 こういうの、成仏、っていうのかな…。悲しいけど、名残惜しいけど、不思議と心は満たされてる感じがするんだ…。全部、君のおかげだよ。大好きな…君のおかげ…。 君のことは、向こうに行っても応援する。ずっと、見守ってるから…。だから、泣かないで…。もう…時間がないみたい…。それじゃあ…バイバイ……。 --------------------------------- Track6. ××××××× ねえ…。ねえ…。ねえってば…。私の声、聞こえてる…? それとも、もう声は届かないのかな…。聞こえてたら、こっち向いて…。 …違う違う。そっちじゃないよ、こっち。 やっとこっち向いてくれた…。なによ、まるで幽霊を見たみたいな顔して…。って、私、幽霊だけどさ…。久しぶり…。戻ってきちゃった。 だって、ほら、ついに君の連載が決まったから、居ても立っても居られなくなって。…うん、知ってる。ずっと君のこと見てた。見守ってた。あんな別れ方したのに、ちょっと恥ずかしいけど、上手く成仏できなかったみたいでさ…。 連載決まったのにお話作りに悩んでる君のこと見てたら、なんだかすごい心配になっちゃって。また君に会いたい、君と一緒に漫画描きたいって。そう強く念じてたら、こうやってまた会うことができた。 なに、泣いてるの? 君って泣き虫なんだね。本当、君は私がいないと…ぐすん…ダメなんだから。会いたかった…? そう…ぐすん…なんだ…。私のことは…ぐすん…どうだっていいでしょ…。私が君のこと…どう思ってるかなんて…ぐすん…顔を見ればわかるでしょ…?……バカ。 見えてるくせに。 ---------------------------------