【塩田】 知っての通り、奴は政財界に顔が利く。 あれほど要人に容易く接近出来る人間は、そうはおらん。 服従させられれば、奴は非常に都合のいい暗殺者となる。 いいか、これは国家転覆への重要な第1歩だ。 しくじる事は許されん。 【羅門】 ご安心ください、閣下。 現状、何ひとつ問題はございません。 こちらがターゲットの宿泊先となります。 【塩田】 温泉とジビエが売りの、秘境のペンションか。 ふっ、小さくもよい宿のようだな。 【羅門】 はい、我々にとっても好ましい施設です。 規模と立地から孤立させやすく、制圧も容易。 何しろ従業員や客の数は、どんなに多くとも20人程度でしょうから。 大都会の高級ホテルを襲撃する事を思えば、赤子の手をひねるようなものです。 【塩田】 頼もしいな。手段は君たちに一任する。励みたまえ。 【羅門】 はっ。必ずや目標を捕縛し、閣下の下へお届けします。 【塩田】 せっかくだ、派手にやりたまえ。 奴とその妻以外は皆殺しにして構わん。 凄惨であればあるほど、ある種の目晦ましにもなろう。 【米網】 くく、自分のせいで善良な一般市民がブッ殺されて、奴はどんな顔をするのやら。 【塩田】 妻一人ならば、あるいは奴も断腸の思いで歯向かうやもしれん……が、妊婦だ。 意地を張って妻と子を一度に亡くすなど、人情家には耐え難かろう。 だが、ならばこそだ。 大事な人質をうっかり殺すんじゃないぞ? 【米網】 ご安心ください、プロですから。 少なくとも、私はね。 【羅門】 何やら含みのある返答だな? 【米網】 気分を害しちまったか? これは失礼。 いや、すまんね。他意はないんだ。 【羅門】 ふんっ。 【米網】 へへっ、拗ねるなよ。 仲良くやろうや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【神戸】 ふぅ、到着。 ご乗車、まことにありがとうございました。 【針井妻】 はぁ、寒いわね。 【針井】 さっ、ハニー、手を。 気を付けて。足元が悪いからね。 【針井妻】 えぇ、ありがとう、アナタ。 【滋野】 ああ、針井様。 ペンション・ツチノコへようこそ。 オーナーの滋野でございます。 どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ。 【針井】 チェックインが遅れてすまない。 まさかここまで荒れるとは。 【滋野】 ええ、今日は本当に風が強い。 寒かったでしょう? すぐに何か温かい物をご用意しましょう。 【針井】 ありがとう。 じゃあ、コーヒーを頼むよ。 【針井妻】 私はココアで。 【滋野】 畏まりました。 すぐにご用意いたします。 【神戸】 オーナーさん、ご夫妻の荷物はここに置くぜ。 ふぅーっ、後はそっちで頼む。 ……針井様、この度は古男タクシーサービスをご利用頂き、感謝の極み。 ゆえに予定よりも遅れての到着となり慙愧(ざんき)に堪えません……が、 今後も当グループのタクシーをご利用頂けますと幸いです。 運転手は私、神戸が務めさせて頂きました。 【針井】 君が運転手じゃなかったら、ここまで辿り着けなかったかもしれない。 今後も是非、君に運んでもらいたいね。 イイ腕してるよ、君は。 【神戸】 温かいお言葉、痛み入ります。 【針井妻】 ふふ、さっきまでみたく気楽にお喋りしてくれていいのよ? 【神戸】 ははは。務め人なんでね。締めるとこは締めないと。 まぁ、正直、俺としてもアンタらみたいな気のいい夫婦が客でよかったよ。 特に今日みたいな日はさ。 ギャーギャー喧しい奴らじゃ、こっちの気まで滅入っちまう。 ……あ、オーナーさん。ちょっといいかい? 【滋野】 おや、他にもまだお荷物が? 【神戸】 とびっきりデカいのがね。 大きさは約190センチ、重さは約90キロってとこか。 【滋野】 ふむ、宿泊をご希望ですか。 【神戸】 風もますます強まりそうだしねぇ。 行きは良い良い帰りは恐い……って、まぁ、行きも十分に怖かったが。 【滋野】 確かに朝を待った方が賢明でしょう。 部屋は空いておりますので、ごゆるりとお過ごしください。 【神戸】 ありがたいねぇ。 そいじゃ、よろしく頼むよ。 --------------------------------------------------- 【針井妻】 んっ。ふぅ、温まるわ。 【針井】 中々いい豆を使ってる。ディナーも楽しみだ。 はぁ。これでもう少し天気がマシなら、言う事なしだったんだが。 【針井妻】 ふふ、アナタは少し欲張り過ぎじゃない? 私は愛する夫とゆっくり過ごせるだけで、もう何も言う事はないわ。 ……ねぇ。これからは……ずっと一緒にいられるんでしょ? 【針井】 ああ、僕も来年の春からは平凡なセールスマンだ。 これまでのように長々と家を空ける事はまずないよ。 【針井妻】 ふふっ、本当に? 【針井】 本当さ。君に嘘をつかないよ。 これからの僕は仕事じゃなくて家庭最優先。 立派なマイホームパパになるよ。 【神戸】 イイねぇ、仲睦まじいご夫婦。 はぁ、独り者は心が寒くなっちまうぜ。 【ミサ】 はぁい。お客様。 【神戸】 おっ、こりゃまた可愛いメイドさんのご登場だ。 お手伝いかい? 【ミサ】 うん、何か温かい飲み物をお持ちしましょうか? 【神戸】 そいじゃ、ホットミルクを頼むよ。 愛情込めてね。 【ミサ】 はーい。 ふーふーふーふー♪ ん? 今のって……気のせい? ん〜……。 --------------------------------------------------- 【ミサ】 京師叔父様。 お客様がホットミルク飲みたいって。 【京師】 はいよ。 【ミサ】 あと、その……。 【京師】 ん? どうした、ミサ? 【ミサ】 さっき窓から、裏の……薪小屋の方に、何か……黒い影みたいな物が見えて。 気のせいだと思うんだけど、でも……もし熊だったらどうしよう? 【京師】 ふむ。ミサはお客様にミルクを。裏は俺が見てくる。 【ミサ】 気をつけてね、叔父様。 【京師】 何、心配ない。すぐ戻るさ。 --------------------------------------------------- 【京師】 おい、そこに誰かいるのか? あー、お客様? チェックインは正面、フロントにて。 ぬっ! ふんっ! ふぅ、熊じゃなくてよかった……とは言えないか。 厄介事の匂いがする。 --------------------------------------------------- 【京師】 兄貴。問題発生だ。 【滋野】 チーフ。勤務中はオーナー、もしくはマスターと呼んでくれなくては困るな。 【京師】 ……マスター。問題発生だ。 【滋野】 かなり深刻なものか? 【京師】 ああ。来てくれ。見せたい物がある。 【滋野】 何だ、こいつは? 【京師】 分からん。さっき外で襲いかかって来た。 事情を聞きたかったんだが、存外脆くてな。 【滋野】 俺のペンションで死体を作るな、この愚弟が! 【京師】 正当防衛だよ。 【滋野】 ……ふむ。M72防寒ジャケットにカスタムナイフ……。 【京師】 見ろ。強化プラスチック外装のお高い新型拳銃、ご丁寧にサプレッサー付きと来た。 【滋野】 そしてサブマシンガン……イスラエル製か。 お気楽なサバゲーマーが迷い込んだとは思えんな。 謝罪しよう。 お前の応対に誤りはなかった。 これはさっさと息の根を止めておくべき手合いだ。 【京師】 で、どうする? 【滋野】 決まっている。何はともあれ、まずは警察に通報だ。 我々は善良なる一般市民だからな。 【京師】 無理だ。 【滋野】 あん? 【京師】 通話不能となっていた。 どうやら電話線が切断されたようだ。 【滋野】 むぅ。こいつがトチ狂った単独犯ならいいが。 【京師】 襲撃される心当たりは? 【滋野】 お前こそどうなんだ? 色々と派手にやって来ただろう? ん? 【京師】 さぁ、どうかな。 【滋野】 まぁ、俺たち兄弟以外、客の中の誰かが狙われている可能性もある。 【京師】 なぁ、実は非常用の衛星通信機を隠してたりしないか? こんな事もあろうかとって。 【滋野】 あるわけないだろう。ウチはただのペンションだぞ? あっ、通信といえばタクシーには無線が……。 【京師】 そりゃ無理じゃないか? タクシー会社の自営通信範囲なんぞ、精々10キロ前後だろ? 【滋野】 まぁ、物は試しだ。 俺は神戸様と話してくるから、お前は他のお客様に事情を説明しろ。 ああ、針井様の奥様は身重だそうだ。 刺激し過ぎないよう配慮しろよ? 【京師】 支配人様は無理難題を仰る。 --------------------------------------------------- 【神戸】 欧州の田舎町のゲストハウス風インテリアに、ふかふかのベッド。 しかも温泉まであるたぁ、イイお宿じゃないの。 デカ過ぎないのもいいねぇ、アットホーム感があってさ。 あん? おいおい、なんだ? ルームサービスは頼んでないぜ? っていうか、窓からこんばんわって、どういう了見だ? おい? おわっ! 部屋を間違えてないか? ぬぉ、ぉぉ! ひぃ! 冗談じゃすまないぞ、おい! ぐぁぁ、いってェ! くそ、何なんだ! こんなサプライズは要らないよ、ちょっと! ああああ! 今夜の俺のベッドが! 野郎! ドタマに来たぜ! この! くっ! ぬぉ! ふん! 死ね、この糞野郎が! どぁぁ! あぐっ、ひぐぅ、何で俺ばっかこんな目に! 糞ッタレめぇ! はぁ! ちくしょう! くそ、そもそも誰なんだ、手前! 自己紹介くらいしたらどうだ! 【滋野】 お客様? お客様! 神戸様! 開けますよ! 失礼します! 【神戸】 ああ、この! 逃げるな糞野郎! おい! はぁはぁ、はぁ……ちっ、何なんだ、まったく。 【滋野】 神戸様、これは……。 【神戸】 言っとくが、断じて、俺が独りで暴れてたわけじゃ、ないぜ? 変な野郎がいきなり部屋に入り込んで来て……って、何だこの匂いは。 うっ、くせぇ。漏らしやがったのか、あの野郎。 【針井】 危ない! 伏せろ! 皆伏せろ! 頭を低く! 【滋野】 ええい! 俺の城でこれ以上の狼藉は許さん! --------------------------------------------------- 【敵兵】 ここは賢く振舞うべきだ。 逆らわなければ、君たち夫婦の命は助かる。 米網の旦那も君を待っている。 さぁ、素直に服従したまえ。OK? 【針井】 OK! 【敵兵】 なっ、貴様! 何のつもりだ! 【針井】 すまない。隙だらけだったもんで、つい。 【敵兵】 くっ……! 次に許可なく動けば、死なない程度に銃弾を叩きこんでやるッ。 君にじゃない。君の妻にだ! 【針井】 分かった。絶対に、もう一歩も動かない。誓うよ。 だが……そっちの彼はどうかな? 君の真後ろだ。見てみろ。 【敵兵】 戯言を。あまりに古典的過ぎるぞ。 ああ、私は絶対に君から眼も銃口も逸らしはしなびゅっ、ごっ、ぉ。 【針井】 助かったよ。ありがとう。 【京師】 いえ、注意を引いてくれて助かりました。 【針井】 敵はまだ他にいるかもしれないな。 皆さん、窓の近くには寄らないで! 狙撃される危険性があります! 姿勢は低くしたまま! 【針井妻】 あ、貴方、そ、そ、その、ええと。 【針井】 一先ず危機は去ったよ、ハニー。もう大丈夫だ。 【針井妻】 ぇ、あ、あの、あっちの人たちは? 【針井】 安心していい。彼らが動く事はもうないからね。 【針井妻】 そ、そう。うん。 え、ええと? 安心していいのかしら、それ。 【神戸】 おっ、こっちは取り逃さずにちゃんと仕留めたのか。 【滋野】 ぉぉぉ、コツコツ集めたインテリアたちが。 ぁぁ、テーブルが。天井と床にも穴がっ。 【京師】 そんな事にショックを受けてる場合じゃないだろ。 【滋野】 そんな事だと! ……くっ、いや、そうだな。今は緊急事態だ。 あー、皆さん、お聞きください。 当ペンションは今、何者かの襲撃を受けています。 これは避難訓練でもアトラクションでもありません。 どうかパニックは起こさず、冷静に。 慌てても事態は解決しません。 【針井妻】 け、警察は? 早く通報を! 【滋野】 現在、外部と連絡が取れない状況となっています。 どなたか通信手段をお持ちの方は? ……神戸様、タクシー無線は? 【神戸】 ここじゃ通じんね。 【滋野】 やはりそうですか。 【京師】 こいつの装備もさっきの奴と同じか。 【針井】 他にも襲撃者が? 【京師】 ええ、先ほど薪小屋の方で。 【神戸】 アマチュアにしちゃ装備が整い過ぎてるな。 贅沢品ばっかりだ。これなんて、ほら。 俺の安月給じゃとても買えないね。 【針井】 む、んん? 【神戸】 勘違いすんなよ。 漏らしたのは俺じゃねぇ。 ガッツの足りねぇ襲撃者の方だ。 【針井】 そうか。ところで、随分と銃の取り扱いに慣れてるようだな? どこで習ったんだ? 【神戸】 そこに落ちてた説明書を読んだの〜……って、睨むなよ。 実は半年前まで国防関係のお仕事をしてたってだけさ。 アンタらも似たようなもんだろ? 目と動きを見りゃ分かる。 ……だから睨んでだんまりは止めてくれよ、重っ苦しい。 別にあれこれ詮索する気なんざないさ。 【滋野】 とりあえず、お客様は奥のスタッフルームへ。 あそこなら窓もなく比較的安全です。 ああ、足元に気を付けて。 怪我をなされた方はいませんか? あー、毛布やカイロも出しておいた方がいいか。 ミサ、飲み物と軽食の用意を。ミサー? 【神戸】 ここで縮こまってるだけじゃ、事態は好転しないよな。 【京師】 窓や扉を破壊され続ければ凍死の危険性も出ます。 上空の寒波の影響か、今夜は特に冷えますから。 【神戸】 敬語はよしなよ。 こうなっちゃお客も何もない。 俺たちゃ運命共同体さ。 【針井】 打って出るしかないか。 幸い、武器はある。 痕跡もそれなりに残っているだろう。 反攻に転じるのは不可能な話じゃない。 【針井妻】 あ、アナタ? 【針井】 やぁ、ハニー。君は早くオーナーたちと奥へ。 【針井妻】 アナタは、どうするの? 【針井】 僕はちょっと出てくるよ。 すぐ戻って来るから、ここで待っててくれ。 【針井妻】 ど、どうして貴方が行かなきゃいけないのよ。 【針井】 どうも敵の狙いは僕らしくてね。 まぁ、欺瞞の可能性もあるが……。 【滋野】 ミサ? おい、ミサ! ミサー! ええい、くそっ! 確定か! 【京師】 兄貴、ミサに何か? 【滋野】 どこにも姿がない。 どうやらさっきのゴタゴタの最中に、敵に連れ去られたらしい! 【京師】 何だと! --------------------------------------------------- 【ミサ】 んー、んんー! 【塩田】 私が招待したのは針井夫妻だ。誰がこんな小娘をさらって来いと言った! 馬鹿者が! 【敵兵】 す、すみません! 予期せぬ事態があったもので! とりあえず人質になるかと。 【羅門】 他の者は? 【敵兵】 全員、死亡したものと思われます。 【塩田】 何故こんな準備段階で躓くのだ! 貴様らはカマリを名乗っておきながら、斥候すら満足にこなせんのか! 【ミサ】 ふんっ。 【塩田】 あ? おい、小娘。今……鼻で笑ったか? 状況が分かっているのか? 殺されたくなければ、しおらしくしたらどうだ! これでも気丈に振舞えるかね? うん? 言いたい事があれば言ってみるがいい。 【ミサ】 今に見てなさい。 アンタたちなんか、パパと京師叔父様にボコボコにされちゃうんだから。 ……あぅ! 【塩田】 ふんっ、生意気な娘だ。 【羅門】 京師? まさか、あの京師か? そういえば……顔にどことなく面影がある、ような? 【米網】 京師か。聞いた事のある名だ。 中々の兵(つわもの)らしいな? まぁ、針井には遠く及ばんだろうが。 【塩田】 何だ、その京師とやらは? 【羅門】 端的に言って戦闘のプロ。歴戦の勇士です。 くそ、引退したと聞いていたが、何でまたここに。 【塩田】 ふむ。実はファインプレーであったのやもしれんな。 家族がこちらにいる以上、どんな戦士であろうとも強硬姿勢は取れまい。 ……なんだ? 【米網】 来たか! くくく、さすがだ針井! お早いご到着で! 【羅門】 総員、警戒をより厳にしろ! 獲物が巣穴から飛び出して来たんだ。ここで仕留めるぞ! ああ、針井には麻酔弾だ! 間違えるなよ! 【塩田】 ふむ……よし、立て。 お前さんご自慢の騎兵隊が殺される瞬間を、特等席で見せてやる。 【ミサ】 くっ 【塩田】 ふははは、ほら歩け。行くぞ。 --------------------------------------------------- 【羅門】 ……獲物は? 【敵兵】 恐らく、あちらの木陰です。 迷彩を施しているのか、よくは見えませんでしたが。 【米網】 針井〜! 会いたかったぜ! 出て来いよ! 俺と懐かしのご対面と行こうぜ! ……隠れてるのは針井じゃないな。 奴なら間違いなく何らかの反応を見せたはずだ。 【羅門】 ならば京師か? まぁ、どうであれ油断だけは禁物か。おい、被害は? 何人やられた? 【敵兵】 3名です。本当に、あっという間に 【羅門】 くっ、この代償は高くつくぞ。 捕縛したら生きたまま皮を剥いでやる。 踝からゆっくりと、丁寧にな。 【米網】 ふん、包囲されて縮こまってんのか? おい、見て来い狩野。 ……なっ、野郎! 撃て! 撃て! 【羅門】 は、早い! 早過ぎる! どこだ、くそ! 見えない! もっとライトを! おい、どこに行った! 【塩田】 そっちだ! 後ろだ! 撃て! 撃ちまくれ! ……た、退却だ! 一先ず下がるぞ! 【羅門】 撃ちながら後退! とにかく弾をばら撒け! 奴を近づけさせるな! 奴は異常だ! --------------------------------------------------- 【神戸】 おい、見ろ、こっちにも死体が。 【京師】 どういう事だ? 仲間割れか? 【神戸】 いや、それにしちゃ妙だ。 てんでバラバラ。 こいつら、四方八方に撃ちまくってる。普通じゃないぜ。 【針井】 何なんだ、この傷は。 綺麗だ。何を使えばこうなる? 【京師】 とにかく、ミサや敵がこの先にいる事は間違いないはずだ。 お互い今より多めに距離を取って前進しよう。 【針井】 妥当だな。一網打尽は避けたい。 【神戸】 そいじゃ、俺はこっちから。 間違えて撃たないでくれよ。 【針井】 大丈夫だ。君の頭は夜中でも分かりやすいから。 【神戸】 へっ、時間がありゃ鼻も真っ赤に染めてやるんだがな。 --------------------------------------------------- 【ミサ】 違う。あんなの、違う。 パパじゃない。叔父様でも。 もしかして、そもそも……人間じゃ、ない? まさか悪魔が出た? 【塩田】 悪魔だ? バカバカしい! 敵はただの戦士だ! 訓練を受けた、ちょっとばかし強いだけの人間だ! 悪魔や化物なんぞ実在せん! 【羅門】 がぁあぁ! く、う、腕を! 私の、手! 手がっ、あぁっ! 【塩田】 お、押さえろ、早く! 止血せんと死ぬぞ! 【米網】 もうダメだ。全滅だ。 へ、へへ、俺たちは全員、殺される。 殺されちまうんだ! 誰も助けになんざ来ちゃくれねぇ! 【羅門】 ぁ、ぐっ、はぁはぁ、泣き言はよせ! 貴様は恐れを知らない戦士だろう! 【米網】 俺の専門は人間だ! あんな化物は対象外だ! 【羅門】 く、は、ぁぁ、そう、だな。あれはやはり、人間じゃ、ない。 は、はは。この分じゃ案外、針井たちも……既に殺されたんじゃ? 【米網】 ……は? あぁ? ふざけるな! 奴は簡単に殺されるタマじゃねぇ! もちろん俺だってそうさ! ああ、怖かねぇ! あんな野郎、怖かねぇ! 化け物が何だ! どこに行きやがった! 出て来やがれ! サシで勝負だ! 逃げるんじゃねぇぞ! へっ、へへへ、意外と素直に出やがったな。 よく見えねぇが……分かるぜ。そこにいるだろ。俺には分かる。 どうした? バカスカ景気よく撃ちまくって弾切れか? いいぜ。お互い飛び道具はなしだ。 ああ、ハジキなんざ必要ねぇ! 楽に殺してやるもんか。 ナイフを突き立てて、ねじり抉って(えぐって)やらぁ! へへへ、殺してやる。殺してやるぞ。 手前なんざ怖かねぇぜ。ああ、誰が手前なんか! 野郎ぶっ殺っしてやらぁぁ! --------------------------------------------------- 【羅門】 米網のおかげで、化物はあちらに、行きました。 早く、今のうちに逃げてください。 奴は、きっとすぐ、こちらに来ます。 【塩田】 逃げるしか、ないのか。 私の計画は……始まる前に潰えるのか。 【羅門】 もはや、そんな段階じゃあないんです。 訳の分からない、人を襲う化物が、確かに存在している。 危険です。警告を、発さなくては。 あれは、野放しにしていい物じゃない。 時間は、稼ぎます。 少しでも、多く。 ですから……。 【塩田】 分かった。後は任せる。 無駄死ににはさせん。 【羅門】 ええ。私は、我々は、カマリです。 情報を伝え残せれば、勝ちだ。 【塩田】 おい、行くぞ。 【ミサ】 へ、あ、は、はい。 【羅門】 はぁはぁ、私たちは、糞だ。いかれた犯罪者だ。 市民に石を投げられ、警察に射殺されても、それはいい。 構わない。仕方がない。不穏分子だものね。 ああ、私たちは、暴れ回った。さんざん人を殺した。 ならば! 私たちを撃ち殺そうとするのも、同じ人でなくては! なぁ! 化物がしゃしゃり出てくるんじゃぁない! ここは、人間様だけの舞台だ! 化物はお呼びじゃないんだよ! --------------------------------------------------- 【米網】 針井……針井。こっちだ……針井。 【針井】 米網……。 【米網】 へ、へへへ。久しぶりだな、針井。懐かしい顔だ。 アンタを見て、地獄に仏の気分になるとはね。 いや……別に助かっちゃ、いねぇか。 もう、感覚が……ない。 さっきまで、痛いやら寒いやら、大変だったんだが。 まさか、この俺が、皮を剥がれる側になるとは。 【針井】 誰にやられた? 【米網】 化物だ。人間じゃねぇ。 【針井】 どういう事だ? 【米網】 俺にも、よく分からん。だが……あぁ、目だけが、光ってた。 奴には、知性と趣味が、ある。 どうやら俺は……お気に召さなかったようだ。 好き勝手弄んで、途中で放り出しやがった。クソッタレめ。 この俺様の、ダンディーさが、分からねぇとは、審美眼のねぇ化物だ。 気を付けろよ。手強い奴だ。 ん? へ……へへっ、気を付けろって。へへ。 俺ぁ、この手で、アンタをぶっ殺したかったんだがなぁ。 死んじまえって、今もまだ、思ってるぜ。 だが……俺以外に負けるアンタなんざ、見たかねぇ。 だから、地獄で応援、してるぜ。 へへ……アスタ・ラ・ビスタ、ベイビぃ。 【針井】 米網……。 --------------------------------------------------- 【ミサ】 はぁはぁ、はぁ。 昔、パパが言ってた。 【塩田】 ああん? 【ミサ】 この辺りには、化物が出るんだって。 そいつらはどこからともなく現れて、人を襲って、剥製にしちゃうんだって。私、すごく怖かった。 子供が夜遊びしないように大人が作った昔話なんだろうなって思った、けど、パパはすごく真剣で。 そして、一緒に聞いてた京師叔父様は、こう言ったの。 【塩田】 ぬっ! うぉ、おおぉっ! 【ミサ】 きゃぁ! 【塩田】 ぐおっ、糞っ、触られているのに、よく見えん! 透明な何かが、くっ、この卑怯者が! しかと姿を見せんか! ぉ、お、おい、何をするつもりだ! お、ぐ、おっ! まさか……こ、このまま? 生きたまま、剥製にする気か? よせ、冗談じゃない! 止めろ! せめて殺してからにしろ! 殺せ! さぁ、殺さんか! おい! お、ぉぉお! 【ミサ】 パパ! 叔父様! ああああ、誰か! 誰か助けて! 【神戸】 誰も助けに来ない? いるさ、ここに1人な! メリ〜〜クリスマ〜ス! 【塩田】 かはっ、は、はぁはぁ、今度はなんだ! 【ミサ】 あ、え、ええと……神戸さん! 【神戸】 助けに来たぜ、お嬢ちゃん。 でもって……よう、また会ったな、糞野郎。 【塩田】 ああ? 貴様なんぞ知らんぞ。どこで会った? 【神戸】 アンタじゃないよ、爺さん。そっちの薄気味悪い野郎さ。 なぁ、さっき会ったよなぁ! このイカ臭さ、間違えようがねぇ! せっかくのふかふかベッドをボロクズにしてくれやがって! 挙句シワシワの爺さんとシケこむたぁ、どーゆー趣味してんだ? いやまぁ、小さなメイドさんに被害がなくて何よりなんだが。 おっ、なんだ? カメレオンごっこはもうおしまいか? なっ、自分の頭を! だ、脱皮? 脱皮なのか? うわっ、マジかよ! 中身超キメぇ! ぃっは、どあっ! あぐッ、急に何だこりゃ! 身体が、動か、なっ……ちょ、超能力って、やつか? が、ぐ、お、おぉぉ! ぬぉぉ! 【塩田】 やはり人知を超えた化物か。あの男はもう……ダメだな。 他の奴らみたく訳も分からず殺されていた方が、まだ幸せだったのかもしれん。 なぁ。最後に一つ聞かせてくれんか。 お前の叔父様は……なんと言ったのだ? 先ほどの昔話だよ。気になってしょうがない。 冥土の土産に、最後まで聞かせてくれんか? 【ミサ】 あ、うん。 ええと、昔話を聞き終えた京師叔父様は、こういったの。 ……で、味は? 【針井】 地獄に落ちろ。米網が待ってる。 俺はテロリストが嫌いだ。 こっちの都合なんてお構いなしに騒ぎを起こしてくれるから、心底気に食わない。 お前はテロリストを壊滅させた。 せっかくの休暇を。記念日を。邪魔してくれたテロリストどもを殺し回ってくれて、ありがとうと言うべきか? ああ、手間を減らしてくれて、ありがとよ! だが、何故だろうな? まったく感謝の念が湧かない! 好きか嫌いかでいえば、俺は米網が嫌いだ。大嫌いだ。 だが俺は今、お前に、苛ついている! 【京師】 待たせたな。 【神戸】 へ、へへっ、遅ぇよ。 どこで道草喰ってたんだ? 【京師】 まだ息のある奴が何人かいてな。 応急手当してたんだよ。 【神戸】 テロリスト相手にお優しい事で。 医者に転職したらどうだ? 【京師】 全滅されちゃ、後日の事情聴取がより一層面倒臭くなるだろ? そんな事より、ミサ! 遅くなってすまん! 【ミサ】 叔父様! 【京師】 ああ、無事でよかった。 もう少しだけ我慢してくれ。 帰るのはあのデカブツを倒してからだ。 【神戸】 く、んんっ、よいしょっと。 そいじゃ針井の旦那に加勢しますかね。 【京師】 ふんっ! ぬん! むぅ、触手は切り落とせるが、四肢や胴は硬いな。 【神戸】 脱皮したってのに、これかい! 【針井】 とにかく攻めまくれ! 攻撃を緩めるな! 【京師】 いや、2人とも一旦下がってくれ。 ふんっ! 【神戸】 おいおい、何する気だ! 危ねぇぞ! 【針井】 止めろ、京師! そいつに関節技が効くとは思えん! 組みついても無駄だ! 【京師】 んぉぉっ! 【神戸】 言わんこっちゃねぇ! 大丈夫か! 【京師】 ああ、仕込みは万全。 細工は流々、仕上げをご覧じろ。 エラっぽい部分が見えたんでな。 爆弾を捻じ込んでやった。 【塩田】 爆弾なんぞ、どこから。 うちの奴らの装備にもなかったはず。 【京師】 あり合わせでちゃちゃっと作っておいた。 俺はコックだからな。 【塩田】 ああ、うん……うん? 【針井】 何だっていい! 奴にとどめを刺すチャンスだ! 【神戸】 動くんじゃねぇぞ、蜘蛛野郎! 【京師】 ついでだ。これもやろう。 遠慮もお代も要らんぜ? サービスだ。 【神戸】 へっ、イピカイエー! ざまぁ見やがれ。 【針井】 これでもまだ生きているのか。 お前は一体、何なんだ? 何故、人を襲う? 【神戸】 おい。おいおいおい、何かヤバかねぇか。 京師、何とかしろ! 工作は得意なんだろ? 【京師】 無茶を言うな。 【針井】 皆、逃げるぞ! 早く! 【京師】 ミサ! 【ミサ】 叔父様! 【神戸】 おら、立つんだ爺さん! 足動かせ! 【塩田】 お、おぉぅ。 【神戸】 糞ッタレ! 最後の最後まで! ああもう、何で俺ぁカワイ子ちゃんじゃなくて、血濡れ爺に肩貸してんだか! 【京師】 雪崩にならなかったのは、運がよかった。 ミサ、大丈夫か? 【ミサ】 うん。 【針井】 今の爆発のおかげで、警察や救急も飛んで来てくれそうだな。 【神戸】 ああ、麓の皆様も飛び起きてるだろうよ。 しっかし、なんつー規模の爆発だよ。被爆とか……してねぇよな? 【京師】 さぁ、どうだろうな。 ふぅ、結局、確保出来たのは触手数本だけか。 外殻や中身も興味深かったんだが。 【塩田】 あ、アンタ……それを食う気か? 【京師】 未確認生物の大事な物証だぞ? 数も少ないのに、食うはずないだろ。 俺は親父とは違う。 【神戸】 ところでさ、あの野郎……カマリとか言ってたな。 カマリって何だ? 【塩田】 ふん、いい年してそんな事も知らんのか? カマリとは、つまるところ忍者の事だ。 主に斥候、偵察をこなす。 【神戸】 じゃあ、なんだ? あいつは本隊よりも先行した単独兵って事か? 【針井】 いずれアレの大群が押し寄せてくるのか。 悪夢だな。 【京師】 出来の悪い映画なら、ここで空を見上げると円盤の大軍勢が見えて、絶望のエンディング、か? 【神戸】 よせよ、縁起でもねぇ。 【針井】 実際に見えるのは……雲が吹っ飛んで、月と星か。 ……はぁ、さすがに疲れた。 本当なら今頃は温泉から上がって、愛する妻とのほほんとしてたはずなんだが。 【神戸】 ぁ〜、まったく。飯とベッドの恨み忘れねぇからな、畜生め。 --------------------------------------------------- 【針井】 じゃあ、僕はもう出るよ。 【針井妻子】 お仕事頑張って。 パパ、行ってらっしゃい! 【針井】 ああ、行って来る。 イイ子にしてるんだぞ? おはよう、神戸。今日もよろしく。 【神戸】 ああ、おはようさん。 はぁ、テレビだろうがカーラジオだろうが、宇宙人一色で嫌になるね。 【針井】 まぁ、仕方ないさ。 まさしく前代未聞の事態なんだから。 【神戸】 勝てるかい? 【針井】 さて、どうだろう? 案外、地球の空気が合わなくて、連中が風邪をひいて勝手にボロボロになってくれたりするんじゃないか? 【神戸】 へっ、そりゃいい。傑作だ。