昼下がりで賑わう街に、慌てた様子の女性がひとり。女性は滑り込むように一軒の建物に入ると、迷わず受付カウンターへ向かった。 「いらっしゃいませ、ギルドへようこそ。今日はどのようなご用件でしょうか?」  ややつり気味の目を細め、受付嬢はにっこりと営業スマイルを浮かべた。ボディラインのはっきりしたドレススーツに身を包んだその姿は、いかにも「できる女」という雰囲気である。 「息子が……」 「息子さんがどうかされましたか?」 「息子が、冒険者を目指しているんです……。私も夫も、息子にそんな危険な道を歩ませたくない……どうかお願いです。息子がきたら、諦めさせてくれませんか」  慌ててきたとは思えないほど真っ青な顔で、女性は一気にまくし立てた。  この街には冒険者が集まる。その理由のひとつが、女性が駆け込んだこのギルドである。地域最大級を誇るこのギルドは、仕事のあっせんや情報交換はもちろん、設備の整った試験場も併設されており、旅に疲れた冒険者たちの憩いの場――あるいは、賭博の場として、知らない者はいないほどだ。  近隣にはゴブリンからドラゴンまで、多種多様なモンスターの住処もあり、初心者から上級者まで、この街を拠点にしている冒険者も少なくない。 「諦めさせる……ですか」  受付嬢は営業スマイルを消し去り、今度はまるで品定めするかのように目を細めた。 「わたくしに許された権限は、飽くまで受付。ですが……実の息子に危険な道を歩ませたくないという貴女様のお気持ち、痛いほどにわかります。わたくしにお任せください。二度と冒険者になりたいと思わぬよう、しっかり諦めさせてごらんにいれます。つきましては、息子さんの特徴を教えていただけますか?」  営業用の声のトーンを崩さず、受付嬢はこの依頼を引き受けた。彼女をよく知る人物がこの場にいれば、よからぬ事を企んでいるのではと疑ったに違いない。しかし、生憎、いまこの場には女性しかおらず、忠告をしてくれる親切な冒険者などいない。昼下がりに訪れたのが仇となった。  受付嬢が形のいい唇を舌なめずりしたのにも気付かず、女性は自分が知る限りの息子の特徴を紙に記していく。名前、身長、年齢、それから、外見的特徴に食べ物の好みまで。  この女性の息子と同年代の冒険者はたくさんいる。先日、海を渡った先の山に巣くう二つ頭の大蛇を倒したのなんか、女性の息子よりも一歳か二歳幼い少年だったはずだ。女性は、いささか過保護気味に思える。 「よろしくお願いします、よろしくお願いします」 「ええ、お任せください」  何度も頭を下げながら帰っていく女性を入口まで送り、受付嬢は微笑む。最初に浮かべていた営業スマイルよりもずっと口角があがっていることから、これが受付嬢本来の笑顔なのだろう。 「平和ボケしてそうな中年の女が来ていたようだが、新しいクエストかい?」  女性と入れ違いでギルドにやってきた大男が受付嬢に声を掛けた。受付嬢は「いいえ」と振り返りざまに微笑み、手に持っていた書類で意味深に口元を隠す。 「私のお楽しみよ。邪魔したら許さないわ」  口調を砕き、受付嬢はカウンターに「応対中」の札を置いた。鍵の束を掴み、奥のドアを開ける――その先は、試験場だ。