ばぶみ彼氏~ハイスぺ男子の秘密の性癖~ 特典SS 【とある休日の始まり】  カーテンの隙間から差し込む光が目蓋を刺激し、俺はあまりの眩しさに目を覚ます。  何度も開いては閉じてを繰り返し、まだ覚醒していない頭のまま薄目を開け時間を確認しようと手を伸ばしたところで隣から聞こえた小さな声に驚き、伸ばした手そのままに俺は一瞬動きを止めた。  そしてすぐにまだ起きていない頭を必死に働かせると、思いの外あっさりと昨日の夜のことを思い出すことに成功。  ……あぁ、先輩が泊まりに来てたんだった。  伸ばしっぱなしの手を再び動かしスマホを取って時間を確認すれば、まだ5時過ぎ。  今の季節は5時でもこんなに明るいのかと少し驚き、でもすぐにカーテンをちゃんと閉めなかった昨日の自分を恨みながらスマホを元の位置に戻し、ごそごそと布団に潜り込む。  今日は休日。だからもうひと眠りしても問題はない。それにまだ完全に覚醒していない今ならすぐに夢の世界へと行くことができるだろう。  そんなことをぼんやりと考えながら俺が再び目を閉じようとしたその時だった。  隣で眠っていた先輩が大きく寝返りを打った。すると俺の顔のすぐ横に先輩の綺麗な顔がやって来る。そして小さく声を漏らしながら薄目を開けた先輩と、一瞬だけ目が合った。 「先輩? 起きた……?」  と、俺は小さく声をかける。  しかし返ってきたのはむにゃむにゃとした可愛らしい返事だけで、既に先輩は再び夢の世界へと誘われた後だった。  そんな先輩のきっと俺だけしか知らない可愛らしい姿に、自然とクスリと小さく笑みが零れる。さっきまでの眠気は一瞬でどこかへ飛んで行ってしまった。  これも全部、先輩が可愛すぎるせいだ。  ……なんてひとり惚気ながら頬を緩め、隣で幸せそうに眠る先輩の顔にかかった髪を、起こさないようにさらりと後ろに流す。  幸せな時間。昔の俺は先輩とのこんな未来が来るなんて少しも想像していなかった。  この時間がずっと、永遠に続けばいいと思うと同時にいつも少しだけ怖くなる。それはもう、先輩のいなかったあの頃には戻れないと分かっているから。  先輩に出会うまで、こんな感情があるなんて知らなかった。幸せなのに、いつも何か見えないものに怯えている。  俺にまだ先輩に見せていない一面があるように、きっと先輩にも俺に見せていない一面があるだろう。それでも俺は先輩の全部を受け止める自信がある。でも、先輩は……?  もし、受け入れて貰えなかったら?  もし、気持ち悪いと軽蔑されたら?  もし、これ以上付き合ってられないと振られたら?  考えただけで苦しくなる。これまでどうやって呼吸していたのかすら忘れてしまったかのように。  胸が苦しくなる。まるで心臓が不治の病に侵されてしまったかのように。  もう先輩のいない毎日は考えられないから、だからもう少しだけ……。もう少しだけこれは秘密にさせてほしい。  完全に冴えてしまった頭の中には、どうしようもない不安がぐるぐると回り続ける。  今の俺には、「どうか俺を捨てないで……」と寝ている先輩に小さく、弱々しく懇願することしかできない。  すやすやと幸せそうに眠る先輩の頬を一度撫でると、今すぐに抱きしめられる距離にいることに心底安堵する。  先輩が起きる前に朝食でも作っておこう。  さっきもぞもぞと潜り込んだばかりの布団から、今度はそっと出ようと試みる。しかしそれはあっけなく失敗に終わる。 「りょ、たくん……?」  寝起きだからか、それとも寝ぼけているからか。ちゃんと回っていない呂律で俺の名前を呼び、俺がどこかへ行かないようにパジャマの裾を掴む先輩。透き通るように綺麗な瞳も、今はまだほとんど見えない。 「いっちゃ、や、だ……」  わざとだろうか。……いや、先輩を見る限りわざとじゃないのは明々白々。俺のパジャマの裾をちょこんと掴んだまま可愛らしい寝息が微かに聞こえてくる。  無意識に俺がどこかに行こうとするのを阻止したのかと思えば、そんな先輩の行動に不安で満たされていた心がゆっくりと浄化されていく。  ほんと、先輩には敵わないや。    裾を掴んだままの先輩の手を取り、指先に小さくキスを落とす。  この綺麗な指に似合う指輪はどんなのだろうか。と考えながら、そんな未来が来ることを望む。  どうか、この先も先輩の隣にいられますように。  俺の隣には先輩がいてくれますように。 「すぐ戻ってくるので、少しだけ待っていてください」  今度こそ先輩を起こさないようにそっとベッドから出る。  先輩の手を優しくベッドに戻し、乱れた布団を被せ直す。  そして今度こそカーテンをしっかりと閉じて、俺はキッチンへと向かった。  今日は何を作ろうか。  ひとりだったら簡単にトーストだけで終わらせるか、いっそのこと食べない選択肢を取る俺。でも、今日は先輩がいるから特別だ。  先輩は和食が好きだから。と、普段朝から炊くことのない米を炊き、冷蔵庫からあれこれと取り出しフライパンを火にかける。  先輩の喜ぶ顔を想像すれば、普段は面倒くさいと思う料理も楽しく思う。    そうして出来上がったものに満足し、俺は先輩の元へと戻る。  静かに近づきベッド脇の床に座り、眠っている先輩の顔を盗み見る。穏やかな朝の幸せな時間。  すると人の気配に気づいたのか、「ん……」と声を漏らしながら起きる先輩。今度はさっきと違い、その透き通るような瞳が俺を真っすぐに捉えていた。 「りょうたくん……? ん、いいにおい……」  まだ頭が働いていないのだろう。そんな姿も可愛い。 「おはようございます、先輩。起きますか? ご飯できてますよ」 「おはよう……、食べる……」  食べる。そう言いながら再び夢の世界へ飛び立ってしまいそうな先輩。  仕事で見せるしっかり者の先輩の姿は、今は少しもない。 「寝ますか? じゃあ俺も一緒に寝ようかな」 「ん……おいで……」  完全に目を閉じて夢現の中で先輩は俺をベッドへと誘い、俺もそれに従いもそもそと先輩の隣に潜り込む。  布団の中に感じる先輩の温もり。先輩のように包み込むような優しい温もりだ。  たまにはこんな日もいいかもしれない。  すでに眠りについた先輩と同じように目を閉じ、そんな事を思いながら俺は再び先輩と同じ夢の世界へと旅立つ。  そんな幸せな、とある休日の始まり。