XX18年 3月22日(木) 小学校の卒業式だった。 6年間の思い出なんてない。 同級生みんな幼稚だし、くだらないやつばかりだった。 何かあったら先生に言いなさいって言ってた教師は、次の年にはいなくなっていた。 そう言えば、式に父と母が来ていた。 うっざ。 一人娘の卒業を見守る良い親気取り? 本当にうざいわ。 だったら式が終わった後に一言でもいいから喋りなさいよ。 大嫌い。 3月26日(月) 今日も会話なし。 夕食のときぐらい何か話せよと思ったけど、もう無理か。 3月28日(水) 中学校の制服が届いた。 着て、鏡の前に立ってみたけど、悪くなかった。 私、かわいいかもしれないわ。 制服を着たまま部屋を出て、リビングにいる母に見せ付けるように歩いた。 かわいいとか似合うとか、そういう言葉を期待した私が愚かだった。 母は何も言わなかった。 父にいたっては今日帰って来なかった。 4月9日(月) 中学校の入学式だった。 今日から私は中学生というわけだ。 私のクラスは、頭の悪そうなやつがいっぱいいた。 私立だから多少は期待していたのに残念だわ。 所詮はみんな、この前まで小学生だった子ってことか。 4月12日(木) 部活、何にしようかな。 4月13日(金) 陸上部に入ることに決めた。 理由は何となく。 4月17日(火) 今日から陸上部の一員になった。 部活が始まる前に、先輩たちが偉そうに喋っていてうざいと思ったけど、 その後走っているのを見て笑いそうになった。 遅すぎるわ。 4月21日(土) 学校は休みだけど部活。 私は走るのが好き。 走っている間は、いろんなことを忘れられるから。 家族が家で何も喋らないこととかね。 4月22日(日) 日曜日は部活も学校も休みだから暇だわ。 お昼ごろに街に出かけて、しばらくして帰宅したら誰もいなかった。 はいはい、いつものね。 いつもの不倫ね。 これ、遅くまで帰って来ないパターンだわ。 夜ご飯はコンビニのお弁当を買って食べた。 「お弁当温めますか?」 「はい」 これが私の今日の唯一の会話だ。 一人で夜ご飯を食べるのは、何年続けていても慣れない。 寂しい。リビングが無駄に広く感じる。 4月23日(月) 私、お昼休みが好きじゃない。 どいつもこいつも親が作ったお弁当を食べてる。 そんな状況の中、毎日購買でパンを買っている私が、 ひどくみじめに感じることがある。 小学校の時は給食だったから、こんなことなかったのに。 5月5日(日) 子どもの日。 私はもう中学生で、子どもじゃないから関係のない日だわ。 子どもじゃない私は午後から部活だった。 5月7日(月) 陸上部の部員は先輩も同学年も基本的に私より遅くて笑えるんだけど、 一人だけ私より速い人がいる。 遠藤結花(えんどうゆいか)って二年生の先輩。 彼女と並んでスタートを切ると、いつも彼女の背中を追うことになる。 しかも、無駄に愛想がいいから、部内でも人気者っぽい。 うざいわ。 私、ああいう、いかにも愛されて育って、 だからこそみんなにも優しくて、運動神経も良くて人気者とか、 そういうのが許せない。 まあでもいいわ。許せない人がいるおかげで、家のことは忘れられるから。 今日も夜は一人でコンビニ弁当で父も母もいなかったけど、いい。 悲しさや寂しさよりも、どうやって遠藤結花よりも速く走れるか、 どうやって抜くかということに気を取られているから、いい。 5月11日(金) もうすぐ中間テスト。 満点を取ったら、家族は褒めてくれるだろうか。 5月17日(木) 英語と数学で100点を取ったから、家族に分かるようにテーブルの上に置いておいた。 「望月亜里須」と、若干大きめに書かれた名前の横に「100」の文字。 家族は喜ぶかもしれない、褒めてくれるかもしれない。 そう思っていた私がバカだった。 家族は、満点の答案用紙を見て、何の反応も示さなかった。 5月18日(金) 「望月さん、100点取るなんてすごいね」 クラスメイトにそう言われた。 同じ言葉を家族に言われたかった。 5月20日(日) 陸上の大会だった。 地域別大会というもの。 私は自己ベストを出したが、遠藤結花のタイムには遠く及ばなかった。 「望月って一年なのにこんなタイム出せてすごいよね」 走り終わった後、遠藤結花からそう言われた。笑顔だった。 はあ? あなたの方が速いでしょ。嫌味? しかも何か上から目線だし。 うざいうざいうざいうざい。 5月23日(水) もちづき医院。 登下校の度、目に入る父の病院。 父の城。 燃えてしまえばいいのにって思う。 5月28日(月) ああもう! 遠藤結花にまた負けたわ。 今日も私は、あいつの背中を追いかけることに終始した。 何なのあいつは。 どうして私より速く走るわけ? ムカつく。ムカつくわ。 6月14日(木) 雨が降って部活が休みになって、 誰もいない家に帰宅して夕食を終えて、 お風呂に入って寝ようとしたけど、眠れない。 たまにこういう日がある。 夜の闇と雨の音が、私の孤独感を増幅させる。 孤独は、時に恐怖へと変化する。 私はもう子どもじゃない。 でも今日は、シャーファの手を握って、 抱きしめて寝ようと思う。 そうすれば眠れるから。 もう一度書くが、私はもう子どもじゃない。 ただ、シャーファも寂しそうにしているように見えるし、 今夜一緒に寝ることはお互いのためなのだ。 じゃ、おやすみ。 6月15日(金) よく眠れたわ。 寝坊しそうになったぐらい。 こんな時、普通の家族なら起こしてくれたりするのかしら。 そういう経験もしてみたい気がする。 まあ無理だけど。 6月23日(土) 部活が終わった後陸上部の部員数人でファミレスに行ってきた。 レベルの低い話に付き合うのは癪だけど、家にいるよりはずっといい。 三年生から、私たちが引退しても遠藤と望月の二人がいれば安心だとか、 遠藤と望月は陸上部の二大エースだとか言われた。 いろいろ思うところはあるけど、ほめられて悪い気はしなかったわ。 7月3日(火) 期末テストの二日目が終わった。 テストの日は学校が早く終わるし、部活もないし、退屈だ。 もっと言うと、苦痛だ。 早い時間に家に帰らなければいけないから。 7月4日(水) 期末テスト終了。 すぐ家に帰りたくなくて、図書館で時間を潰して、その後帰宅した。 こういうとき、部活とは関係のない友だちがいたら、 その子と遊んだりするのかしら、なんてことを考えた。 でも、私のクラスメイトは話のレベルが低すぎるから友だちにはなりたくない。 この前ファミレスに行って分かったけど、先輩たちもそんな感じだ。 ただし、遠藤結花だけは認めてあげてもいい。 彼女は、私よりも速く走れるのが気にくわないけど、 私の知る限りでは唯一、話のレベルが合う相手だ。 彼女が仲良くしたいって言うのであれば、私はそうしてあげてもいいと思っている。 7月6日(金) ああもう! もう! 今日は惜しかったわ。 あと少し、本当にあと少しで遠藤結花を抜けるところだったのに、ダメだった。 7月9日(月) 部活が終わって家に帰ったら父も母もいなかった。 家族が家にいたとしても会話はないし、気まずくて辛いけど、 この、家に帰っても誰もいないという状況はその何倍も辛い。 夜、コンビニで買って来たご飯を食べ終わった後、 デザートのプリンをシャーファに見せ付け、 ねえシャーファこれ食べたい? でもあげなーい。 と意地悪なことを言いながら食べた。 意地悪をしてしまったから、今日はシャーファを抱きしめて寝てあげようと思う。 何度も書くが、私はもう子どもじゃない。 ただ私は、シャーファに対してとった行動への、良心の呵責に耐えられなくなっただけだ。 7月12日(木) 暑い。 これだけ暑いと、部活で走っている最中、本当に他のことが考えられなくなる。 走り終わった後も、しばらくは何も考えられない。 すごくいい感じよ。 その間、私は家族のことを考えない。 7月15日(日) 陸上の大会。 まずまずの成績だったわ。 7月20日(金) 終業式。 クラスメイトに、望月さんは夏休みどこか行くの? って聞かれた。 どこにも行かないわ。 両親は不倫旅行にでも行くかもしれないけど。 8月2日(木) 明日から陸上部の合宿。 私は少しだけワクワクしている。 浮足立っている、とも言うのかしら。 明日から日曜日の夕方まで、私はこの家に帰ってこなくていいのだ。 シャーファには寂しい思いをさせてしまうことになり、申し訳なく思う。 だから今日は手を握って、そして抱きしめて寝るつもりだ。 私のハグで寂しさを緩和してあげようという配慮である。 ぬいぐるみであるシャーファに対し、私はたまに こういった無償の愛を注いであげている。私は慈悲深いのだ。 8月5日(日) 陸上部の合宿から帰って来た。 私は、ゆいか先輩と友だちになった。 ゆいか先輩、っていきなり書くと分からないか。 私の一つ上、二年生の遠藤結花先輩と私は、今回の合宿を通して仲良くなったのだ。 二日目の夜、就寝時間を過ぎた後、眠れなかった私は こっそり部屋を出て夜風に当たりに行った。 宿舎の外にあるベンチに人が座っていて、しくしくと泣く声が聞こえた。 泣き声の主は遠藤結花だった。 先輩のくせに泣くとかダサい、と思いつつも、 何だか見てはいけないものを見てしまったような気がして、 私は引き返そうとした。 「望月? どうしたの?」 まだ気づかれていない。そう思っていた私に向かって彼女が声をかけてくる。 無理に作った笑顔を添えて。 「あ、えっと、その、眠れなくて……」 「そっか。じゃあ、ここ、どうぞ」 彼女は自身が座っている場所の隣をトントンと叩いて、 そこに座るよう促した。 「あの、何かあったんですか?」 「ん、どういうこと?」 「だって先輩、泣いてましたよね」 見てはいけないもののように感じていた出来事を、私は話題に出した。 その時私の中に存在していたのは、好奇心、同情、哀れみ、そして、歪な優越感だった。 これらをいっしょくたにした感情の名前を何と呼ぶのか、私には分からない。 隣に座っている先輩は、少しだけ沈黙した後、口を開いた。 「うん……えっと、望月にだったらいいか、話しても。  あのね、私、陸上部のみんなも、学校の友だちも、  みんなのこと大好きだし、全員素敵な人たちだなって思ってるの」 綺麗ごとを話し始める彼女を見て、失敗したと思った。 くだらない。 こんなことだったら、聞かなければよかった。 「でもね、心のどこかで、そんなみんなのこと、  すごくレベルが低い、くだらない人間たちだって思う時があるの。  みんなくだらない話ばかりして、  先輩も後輩も、もちろん私と同じ学年のみんなも、  みんなみんなくだらないって。  それでね、私、そう考えた後、きまって自分が嫌になるの。  自分のことが嫌で嫌で仕方がなくて、涙が出てくるの。  今ね、そういうタイミング」 聞かなければよかった。という考えはすぐに覆された。 涙の理由を尋ねたのは正解だった。 彼女は、私と同じ考えを心のどこかに持っているのだ。 みんなくだらないという考えを。 私は嬉しかった。 「ごめんね望月。こんな話されて、私のこと軽蔑するでしょ?」 「しません」 「気を遣わないでいいよ」 「そんなことしていません。  私、軽蔑するどころか、嬉しいぐらいです」 「嬉しい?」 「はい。  先輩の考え方、私と似ているなって。  私も、周りにいるみんなのことを、レベルが低い、くだらないって思ってます。  先輩と違って私の場合は常になんですけど。  クラスメイトも、陸上部のみんなも、遠藤先輩を除いては、  みんなくだらないって思っています。  だから、同じ考え方の人がいて嬉しいです」 「へえ、そうなんだ。嘘でも嬉しいよ。ありがとう」 「嘘じゃありません。本当のことです」 「はは。じゃあ望月はいつも人のことを見下して生きているってこと?」 「そうです。  それは悪いことなんでしょうか?  私はそうやって生きていて、でも誰にも迷惑をかけていません」 「確かに、悪いことではないよね。  ふふ、望月って面白いね」 彼女は目を細め、口角を上げ、私の目を見つめてきた。 その笑みは、いつもの、周りの部員たちに向けられているものとは違う、 とても優しくて、でも熱量もあって、何だろう、ドキドキするような笑みだった。 「望月さ、私、望月には『ゆいか先輩』って呼んで欲しいかな」 「分かりました、ゆいか先輩」 「ありがと。嬉しいよ」 その後、私とゆいか先輩は、すごく遅い時間までお喋りをした。 こんなにも価値観が合う人は初めてだったから、本当に楽しかった。 話し終えて部屋に戻る途中、気になっていたことを尋ねた。 「これは答えなくても大丈夫なんですけど、  ゆいか先輩は、私のこともレベルが低いって思っているんですか?」 「思ってるわけないじゃん。  だから全部話したんだよ」 ゆいか先輩はそう言って、また、ドキドキするような笑みを向けてきた。 部屋に戻って寝ようとしたけど、眠れなかった。 結局そのまま朝になって、決して万全ではない状態で走って、合宿は終わった。 帰りのバスでは寝てしまって、同級生に起こされるという屈辱を味わった。 広田というノロマな子だ。 でも、いい気分だわ。 私、初めて話が合う人に出会えた。 ゆいか先輩は、私と同じレベルの人だ。 8月9日(木) 部活が終わって、ゆいか先輩の家に行ってきた。 また二人でたくさん話をした。 帰りたくなかった。 8月18日(土) 誕生日。 今日で13歳になった。 リビングのテーブルに、書き置きとお金が置いてあった。 書き置きには「好きなものを買いなさい」とだけ書いてあって、 私の親はおめでとうすら言えないのかと悲しくなった。 8月19日(日) 部活がなくて、家にもいたくないので、 図書館で一日を過ごした。 9月3日(月) 今日から二学期。 相変わらずクラスメイトたちはくだらない話ばかりしている。 きっと学校中がそうなのだろう。 違うのはゆいか先輩だけ。 今日も部活で彼女と走った。 やっぱり私より速かった。 悔しかった。 仲良くなったけど、私より速いのはやっぱり気に食わない。 9月5日(水) 水曜日と、大会のない日曜日は部活がない。 そういう日が私は嫌いだった。 でも、今日は楽しかった。 ゆいか先輩と一緒に放課後を過ごしたからだ。 彼女は私より走るのが速いだけでなく、 趣味もいいし、博識だ。 それに何より、私と考え方が似ている。 そんな彼女と過ごす時間が楽しくないはずがなく、 部活のない退屈なはずの放課後の時間が、すぐに溶けていった。 9月16日(日) 朝起きたら、父と母がリビングにいて、別々の食事を食べていた。 もちろん会話はなし。 家族が揃っている時の食事はいつもこれだ。 各々が自分の分の食事を用意して、食べる。 私はトースターでパンを焼いて、冷蔵庫にあったレタスとハムを挟んで食べた。 食べ終わった後、食洗器に食器を入れた。 三台並んだもののうち、右端にあるのが私用の食洗器だ。 いつから三台に増えたんだっけ。 私の家族って何なんだろう。 9月18日(火) この病院、燃えればいいのに。 登校中、父の病院の前を通りがかった時にそう思っていたら、 偶然同じタイミングで登校していたクラスメイトの女子に声をかけられた。 「望月さん、もちづき医院見てたね。同じ名前だから気になるの?」 彼女の想像力のなさ、デリカシーのなさには感嘆を覚えるわ。 「あそこ、私のお父様がやってる病院なの」 「ええ! すごい! もちづき医院の娘って、望月さんお嬢様じゃん!」 はあ、うざいわ。 そのクラスメイトは教室に着くなり、私の家のことを嬉々としてクラスメイトに話し始めた。 同年代の女子はどうしてこうも人のプライベートな話が好きなんだろう。 私の話題は男子にまで広がり、隣の席の男子から 「望月ってさ、執事とかいるの? じいやとか」 と言われた。 いるわけないでしょ。 いるのは会話をしない両親だけよ。 9月23日(日) 陸上の大会だった。 やっぱり、ゆいか先輩は速い。今日も勝てなかった。 すさまじいタイムを出して、部員たちから歓声を受ける彼女は眩しい。 笑顔で歓声に応えているが、彼女は心の中ではみんなレベルが低いと思っているんだろう。 私はそれを知っている。 9月27日(木) 朝はパンを焼いて食べて、 お昼は購買でパンを買って食べて 夜はコンビニでパンとプリンを買って食べた。 三食全部パンだった。 父も母もまだ帰って来ていない。 今日は帰らないのかもしれない。 誰もいない。 寂しい。 シャーファと一緒に寝ようかしら。 何だか寂しそうにしてる気がするし、私もそうだし。 10月2日(火) クラスのメッセンジャーグループに入っているんだけど、 心の底からレベルが低いと感じる。 頭の悪いスタンプを連投して、しょうもない話題を夜中までして、 何が楽しいのかしら。 私がしたいのはこんなくだらない会話じゃなくて、 ゆいか先輩と話すような、有意義で、心が満たされるようなものよ。 …………ゆいか先輩、私と連絡先を交換してくれてないのはどうしてなんだろう。 彼女とだったら私、楽しくメッセージのやり取りが出来そうなのに。 10月3日(水) 「望月、メッセンジャーのID交換しようよ」 昨日、そうなったらいいなと思っていたことが実際に起こった。 部活が休みでゆいか先輩と一緒に帰っていたら、彼女が私の連絡先を聞いてきたのだ。 私はすぐにスマホを取り出し、QRコードを見せた。 「よし、これで友だち登録完了っと」 彼女は慣れた手つきでスマホを操作し、QRコードから私のIDを読み取り、 スタンプを送って来た。 デフォルメされたかわいらしいうさぎのスタンプだ。 私はそれにくまのスタンプで返した。 ゆいか先輩のメッセンジャーのアイコンは、 誰が見ても不快になることはないであろう花のイラストで、 多くの人に好かれる彼女らしいと思った。 10月4日(木) 部活の準備で、ゆいか先輩と二人でハードルを出しながら、 メッセンジャーのことについて話をした。 「大きな声じゃ言えないんだけど、  私、合宿の後からずっと望月と連絡先交換したかったんだよね。  でもさ、私、いろんな人からしょうもないメッセージもらってて、  それを忙しいって理由でスルーしてるから、  メッセンジャーほぼやらないやつ、みたいに思われてるわけ。  だから、なかなか昨日みたいに言い出せなかったんだ。  私のメッセには返信しないのに望月とはメッセするんだ、  みたいなこと言うやつ出てきても嫌だしさ」 「分かります。私も、周りのレベルが低すぎて、  クラスメイトのメッセージとか基本スルーですもん」 「はは。同じだね」 「ですね」 ハードルを置いて、他の生徒が合流して、この話は終わった。 ゆいか先輩、やっぱり私と同じ考えだわ。 10月5日(金) 来週末に行われる体育祭の練習だった。 私はリレーのアンカーを務めることになった。 正直、他のクラスとの対決には興味がない。 そこにはゆいか先輩がいないから。 10月14日(土) 体育祭だった。 開会式の前にクラスの男子が、 「望月の家からは両親以外にも執事やメイドがやって来て  応援してくれるんでしょ」 とか言ってきて、 無性に腹が立ったのでその場でビンタしてやろうかと思ったけどやめておいた。 執事もメイドもいないし、そもそも家族が体育祭を見に来るわけがないわ。 イライラしている中体育祭は始まり、 私のクラスはリレーで一位になった。 クラスのみんなは喜んでいたけど、私はそうでもなかった。 ゆいか先輩に勝たないと、私は喜べない。 10月15日(日) 昨日の体育祭で私が走っている動画が、クラスのメッセンジャーグループにアップされていた。 動画の中で、大きな歓声と共に、望月すげーという声が入っていたので、 リビングに行き、そこにいる母にわざと聞こえるように再生してみた。 もしかしたら興味を持ってくれるかもしれないし、 可能性は限りなく低いけど褒めてもらえるかもと思ったからだ。 母は少し驚いたよう見えたけど、その後不愉快そうにリビングから出て行った。 私、何を期待していたんだろう。 10月18日(木) 中間テストだった。 ぬるすぎ。 こんなの、答えの分かっているクイズだわ。 10月23日(火) 今週末に行われる陸上の大会で、三年生の先輩は引退する。 私は三年生の先輩に特に思い入れがないので、何とも思わない。 ただ、一年後、ゆいか先輩が同じ立場になることを想像するとゾっとする。 10月28日(日) 陸上の大会だった。 今日で三年生は引退なので、大会が終わった後、 陸上部の部員全員でファミレスに行ってご飯を食べた。 追い出し会というらしい。 「私たちがいなくなっても、遠藤と望月がいるから陸上部は大丈夫だよね。  遠藤、望月、それに他のみんなも、後は頼んだよ」 引退する先輩がそんなことを言っていた。 ゆいか先輩は、はい、頑張ります。と答えていて、私もそんな感じで続けた。 お手洗いで、そのことをゆいか先輩に褒められた。 望月、人に合わせるの上手くなってきたねって。 ゆいか先輩の真似をしてみましたと返すと、彼女は白い歯を見せて笑っていた。 彼女に褒められると、すごく幸せな気持ちになる。 その後もしばらく幸せな気持ちだったのだが、 会計の時に私の財布を見た同級生が、 望月さんの財布にお札がいっぱい入ってる! すごいすごい! と言って騒いで、一気に嫌な気分になった。 人の財布の中身なんて見るものじゃないわ。 10月29日(月) ゆいか先輩が陸上部の部長になった。 うん、間違いのない人選だわ。 11月16日(金) 文化祭。 つまらなかった。 12月3日(月) 部活。 今日もゆいか先輩に勝てなかった。 陸上部に入ってから半年以上経つけど、私は未だに彼女に勝ったことがない。 ずっと背中を追いかけてばかりだ。 12月6日(木) 今日も部活。 三年生がいなくなってから一か月以上経つ。 いなくなった直後はやけに広く感じたグラウンドも今は慣れて来た。 12月14日(金) 期末テストだった。 いつも通り簡単だった。 12月15日(土) 期末テストは簡単だ。 難しいのはゆいか先輩より速く走ることだ。 今日も勝てなかった。 12月20日(木) クラスメイトから、望月さんはいつまでサンタクロースを信じてた? と聞かれた。 私は小学二年生の時に、親の不倫の現場を目撃して家族の関係が壊れて、 サンタクロースはそこから一度も来ていない。 それでだいたいのことを察したから、信じていたのは小学二年生の途中まで。 と伝えようかと思ったのだがやめておいた。 家族のことなんて話せるわけがない。 小学校の途中までは信じてたわ、とだけ返した。 12月22日(土) 今日から冬休み。 12月24日(月) ああうざい! うざいわ! お昼過ぎに部活から帰宅したら誰もいない。 テーブルに一万円札と書き置きが置いてあって、 三食分、好きなものを食べなさい。って書いてあった。 三食って、今日のお昼、夜、明日の朝ってこと!? だとしたら、父も母もそれぞれ不倫相手と明日まで過ごすってことよね。 バカじゃないの!? ほんと最低の親だわ。クリスマスイブにそんなことするなんて。 普通より多めの一万円札が置いてあるのもムカつく。 多めに置いておけば罪滅ぼしになるとでも思った? ああムカつく! ムカつく! ムカつく!! ご飯を買いにコンビニに行くと、店員さんがサンタクロースの格好をしていた。 お昼はパスタを、夜はお弁当とシュークリームを食べた。 大きめのシュークリームを食べたら気が晴れるかなと思っていたけど、 そんなことはなかった。 クリスマスイブ、誰もいない家で一人夕食を食べる私は、惨めだった。 12月25日(火) 昨日の夜は惨めさと悲しさ、寂しさでいっぱいで、 シャーファを抱いていても眠れなかったので、ゆいか先輩にメッセージを送った。 「ゆいかせんぱい」 「どうしたー?」 「私クリスマスって嫌いです」 「私も嫌い。みんな浮かれてるよね」 「はい」 「望月何かあったの?」 「ありました」 「言ってみて」 「言えません」 「何それ笑」 「私はゆいか先輩とお話したいだけなんです」 「なる」 こんなやり取りをした後、ゆいか先輩と通話した。 多分昨日の私は、相当面倒くさい女だったと思う。 でもゆいか先輩は、望月は甘えるのが上手なんだねって言ってくれた。 たくさん話して、気持ちが少し楽になって、眠ることが出来た。 今日、部活で彼女に会ったとき、 昨日の遅くまで話して今日の朝から会うのって何か面白いねって、 また、ドキドキするような笑みを向けてきた。 合宿の時以来だ。 彼女のあの笑顔は何なのだろう。 他の人には見せないあの笑顔が、私は好きだ。 家に帰ったら母がいた。 何か肌のツヤがあるように見えた。キモ。 12月29日(土) 今日から1月4日まで陸上部は休みだ。 一週間部活がないのは、逃げ場所がなくなったように思えてきつい。 年末年始はばあばの家に泊まることになっているが、これもきつい。 ばあばの前でだけ、父と母は仲良し夫婦みたいになるからだ。 くだらない茶番だと思う。 でも、すごく優しいばあばを悲しませたくないから、 私もその茶番に付き合ってあげている。 はあ、気が重い。