11月下旬。紅葉が見頃を終える頃。私は、君宛の遺書を書いている。本音を言えばこんなものは書きたくないけど、書かないのはあまりにも不誠実だ。だから涙を堪えながら、筆を走らせる。  ノックの音が聞こえ、顔を上げる。時計を見ると、医大で勉強を終えた君が来る時間。 「どうぞ、入ってー」  明るい声を作ると、愛しの彼が入ってくる。珍しく、両手に荷物を持って。  君は時々、私に見舞い品をくれる。それは季節を感じるものだったり、可愛らしい小物だったり、私の好みに合わせて選んだ小説や漫画だったり。  この病室は、君がくれたもので彩られていて、病室とは思えないほど可愛い部屋になった。春夏秋冬の置物などが入り混じり、めちゃくちゃなところもあるけど、それさえも愛おしく思う。  君から贈り物をもらえるのは言葉に出来ないくらい嬉しいけど、それと同じくらい悲しくもある。  私は君に、言えてないことがある。そのことや、彼の人生について考えると、自分を恨んでしまう。 「今日はお土産があるんだ」  君は微笑を浮かべながらそう言った。私が喜んでくれるかどうか、期待と不安が入り混じった顔。この顔を見ると、罪悪感でいっぱいになる。 「お土産? なになに? 見せて!」  罪悪感を悟られまいと、無邪気に振る舞う。  テーブルに置かれるのは縦長の箱。高さは30センチ程だろうか? 去年はサンタクロースとトナカイの、小さな置物をくれたっけ。 「縦長の箱だね。開けていい?」 「うん、いいよ。開けて」  開けてみると、飾り気のない木が入っていた。木といっても、もちろん本物なんかじゃない。木にこの言葉を使うのはどうかと思うが、木の造花だ。もっとわかりやすく言うと、飾りを付ける前のクリスマスツリー。 「これ、クリスマスツリー? でも、飾りがなくて寂しいね」 「寂しくなんてないさ」  そう言って君は小さな箱をツリーの隣に置いた。中には色とりどりの飾りが入っていて、見ているだけで頬が緩む。 「自分で飾り付けするの? わぁ、楽しそう!」  私は自分で何かを作り上げるのが好きだ。きっと君は、それを覚えていて、このツリーを選んでくれたのだろう。愛を実感して、泣きそうになる。 「体調は?」  優しすぎる君は、いつも私の体調を気にする。 「元気だよ。最近調子いいんだ。君と初めてのクリスマスを楽しめるように、いっぱい食べるようにしてるからかも。それにね、筋トレもしてるんだよ。まだ腹筋5回と、腕立て伏せ3回しか出来ないけど」  過去最高の元気報告をするも、君は表情を曇らせる。 「大丈夫なの?」 「大丈夫大丈夫。クリスマスには、是が非でも外出許可書もらわなきゃだし、やりたいことたくさんあるんだもん。体力つけなきゃ」  そう、私には、やりたいことがたくさんある。それは、クリスマスに限ったことじゃない。普通にデートしたいし、普通に喧嘩したい。普通に同棲したい。普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に結婚生活を送りたい。  特別なんて望まない。君と普通に暮らしたい。 「やりたいことって?」 「ふふふー、君にも知ってもらおうと思って、ちゃーんとリスト化したのだ! はい、クリスマスのやりたいことリスト」  君に渡すのは、自分の体力などを自分なりに考慮して考えたリスト。他にもやりたいことはあるけど、欲張りすぎて君を困らせるわけにはいかない。 「君と一緒に、長いマフラーしたいし、片手は手袋して、もう片手は繋いで、君のコートのポケットに入れて歩きたい。イルミネーションも見て、夜は観覧車に乗りたい。どうしても、全部叶えたいんだ」  もちろんどれも本気で叶えたい。でも、1番叶えたいのは……。 「これくらいなら、なんとか。けど、この最後の”秘密”ってやつは?」 「あー、それ? 秘密の願いごと。これは当日叶えられそうならお願いするって感じかな」  今、「君に抱かれたい」なんて言っても、困らせてしまう。だから、これはクリスマス当日まで内緒。  私は君の彼女。少しでも、彼女らしくしたい。もちろん、「セックス=彼女らしさ」なんて浅はかな考え方をしているわけではない。  手を繋いだり、ハグをしたりするのも、彼女の特権だと分かってる。けど、セックスは体と心を繋ぐものだと、勝手に思っている。私は、少しでも色濃く、君と繋がりたい。 「気になる」 「ダーメ! 教えないもん。クリスマスを満喫させてくれたらね」  おあずけをすると、拗ねる君。いつも保護者みたいなのに、こうやって可愛い顔するの、ズルい。 「ふふ、拗ねないの。それよりほら、一緒にクリスマスツリー飾ろう? 1番上の星は、私がやるから取っちゃダメだよ?」 「俺、飾り付けのセンスとかないけど」 「いいの。こういうのは一緒にやることに意味があるんだから」  君と一緒に雑談をしながら、ツリーの飾り付けを楽しむ。最後に、私が少しでも長生きできるように願いを込めて、星をつけた。 「できた!」  ツリーが出来たのとほぼ同時に、面会時間終了10分前のアナウンスが流れる。 「もうこんな時間か。そろそろ帰る。また明日来るから」 「うん、また明日」  笑顔で手を振り合い、さよならをする。こうして手を振り合うたびに、明日もこうやって笑顔でさよならができるか、不安になってしまう。 「行っちゃった……」  再び静寂が寂しさと共にやってくる。君との時間が楽しければ楽しいほど、寂しさは色濃い。 「絶対、楽しいクリスマスにするから……」  ツリーに誓いを立てると、去年もらったサンタとトナカイの近くにツリーを置いた。ベッドから降りたついでに、狭い室内を歩き回る。  クリスマスを心置きなく楽しむには、体力が必要だ。セックスをするのなら、なおのこと。  部屋をあと3周したら、売店に行ってサラダでも買おう。出来たら、チキンも。少しでも多く食べて、運動して、”普通の彼女”に近づかなくては。