幕末動乱美少女伝 第二章 〜長州征伐〜 ■第一幕:功山寺挙兵 ナレ 「京都の町が大火に襲われた、1864年」 ナレ 「『八月十八日の政変』、『池田屋事件』……     それらの歴史的事件において、     渦中の存在であった長州藩」 ナレ 「彼らはついに、幕府および、朝廷との争い――     『禁門の変』と呼ばれる戦を起こしてしまった」 ナレ 「これにより、長州藩はついに、     朝廷を脅(おびや)かす存在――     『朝敵(ちょうてき)』の烙印を押されてしまうこととなる」 ナレ 「朝廷は命じた。     武力をもって復権を求める過激な長州藩士たちを、     徹底的に排除せよ……と」 ナレ 「長州藩の征伐のために動員された兵士たちの数は、     のべ十五万人を超えるほどの、圧倒的な物量だったという」 ナレ 「そのような巨大な力を前に、     長州藩にはもはや、抗い続ける道は残されていなかった。     朝廷への恭順の意を示すために、彼らは……」 ナレ 「『禁門の変』を先導した、急進派の家老(かろう)たち……     彼らの切腹や斬首をもって、征伐への猶予を願った。     その意志を幕府は受け入れ、大規模な征伐を起こすことはなかった」 ナレ 「こうして、一度目の長州征伐は、ひとたびの解決を見る。     そう、『一度目』は……」 山縣 「……奇兵隊一同、止まれ!」 山縣 「本日の演習はこれにて。     明日も通常通りの日程とする。     それでは、解散!」 山縣 「……!」 伊藤 「よう! 山縣ぁ!」 高杉 「うふふ……精が出るわね」 山縣 「伊藤殿、高杉殿……!     何故(なにゆえ)、我々奇兵隊の演習場に?」 伊藤 「おぉ? なんだぁ、俺たちと話すことなんかないってかぁ?」 山縣 「そのようなつもりでは……申し訳ございません。     ただ、先触れなしで参られたことに驚きまして」 伊藤 「ははっ、わかってるよぉ!     驚かせてすまねぇな」 高杉 「ごめんなさいね。     どうしても早く、奇兵隊の皆に伝えたいことがあって……」 山縣 「はあ……」 高杉 「……相変わらず、山縣さんはとっても優秀ねぇ」 高杉 「山縣さんの指揮のおかげで、今の奇兵隊はまとめられている。     藩外の武士や庶民の方……     攘夷の意志が堅く、気性の荒い方も多数いる中で、ね。     私はその才能を、とっても高く評価しているの」 山縣 「はっ。お褒めの言葉、恐れ入ります。     高杉殿より引き継いだ奇兵隊ですので、     修練に手を抜くわけにはまいりません」 高杉 「非常に良い心がけね。     これからも、奇兵隊のために尽力してくださると嬉しいわ……」 山縣 「無論でございます。     私の力で、高杉殿のお役に立てるのならば」 山縣 「……して。     此度のご来訪は、もしや……     『例の計画』についてのお話でしょうか」 伊藤 「察しが良いなぁ! もちろんその件だ」 高杉 「内容についても聞いているかしら?」 山縣 「いえ、正直詳しくは。     風の噂で、それらしき話を聞いただけですので」 高杉 「うふふ……そうなのね。     伊藤さん、良ければご説明をお願いできる?」 伊藤 「おう、いいとも!     俺と高杉殿で練りに練った計画だ。     心して聞いてくれよ?」 山縣 「承知いたしました」 伊藤 「さて、まずは改めて……     俺たち長州藩の現状について問おうか」 伊藤 「山縣、お前は今の長州藩をどう見ている?」 山縣 「今の長州……そう、ですね……」 伊藤 「遠慮はするなよ。 今は俺たち3人だけだ。話しにくいことなどないだろ」 山縣 「……はい。であれば……」 山縣 「今の長州藩では……     やはり、朝廷と幕府への恭順を唱える方々が、     急速に勢力を伸ばしつつあるかと」 伊藤 「そうだ! 『俗論派』の野郎共だ。     奴等の声がでかくなってきたせいで、     俺たち『正義派』は、力を大幅に削がれる羽目になった」 伊藤 「反吐(へど)が出るぜ。     『避けられない犠牲だ』などとのたまって、     同じ藩の仲間を虐げ、牢にぶち込み……」 伊藤 「挙げ句の果てには、幕府への謝罪のためにとぬかして、     命までもを差し出させやがった……!」 伊藤 「まったく馬鹿げてる。     あれだけ俺たちを苦しめてきた幕府に、     今さら手のひら返して、言うことすべてに従うべきだと?」 伊藤 「今までの戦いで、俺たちがどれほどのものを失ってきたか……     憎い幕府の者共の手で、何を奪われたか……!     奴等は、そんなことも忘れちまったってのかッ!!」 伊藤 「おおっ?     驚かせてすまんなぁ、どうどう!」 山縣 「……」 山縣 「伊藤殿のお怒りは……ごもっともです。     私自身、彼らの思想には、まったくもって賛同しかねます。     高杉殿にも、以前お伝えしたかと存じますが」 高杉 「ええ。だからこそ、奇兵隊の幹部になってもらったのだもの」 伊藤 「俺たち『正義派』の意志は変わらず、というわけだな。     欲しい答えが聞けてよかったよ」 山縣 「恐れ入ります」 伊藤 「さて、ここからが本題だ。     俺たち『正義派』がこれから起こすべき行動は、なんだと思う?」 山縣 「……やはり、藩内での立場を     再び取り戻すことではないでしょうか」 山縣 「『俗論派』は今や、長州藩を代表する派閥となっております。     今後我々が如何様(いかよう)な行動を起こすにも、     まずは権威を奪い返すことが急務かと思われます」 伊藤 「正解だ。となれば……やるべきことはわかるな?」 山縣 「! ……彼らを失脚させる、ですか?」 伊藤 「そういうことだ!」 伊藤 「奴等をこの手でくじくために、俺たちは数日中に決起する。     この場所……功山寺を舞台に、軍を起こすんだ!」 山縣 「なっ……。     そ、それは……真(まこと)ですか?」 高杉 「ええ、伊藤さんの言った通りよ」 高杉 「うふふ……信じられない、って顔をしているわね?」 山縣 「……当然でございましょう。     お言葉ですが……あまりにも無謀すぎます」 山縣 「この地で挙兵されるということは、     これから下関へと向かわれるつもりなのでしょう?」 山縣 「『俗論派』筆頭の、椋梨(むくなし)殿の軍と戦うために」 高杉 「その通りよ」 山縣 「……そのつもりにも関わらず、何故(なにゆえ)……。     ご存知でしょう。椋梨殿の軍備は、日々堅くなる一方です。     決起したとて、ただ返り討ちに遭うだけでは?」 伊藤 「お前……俺たちと志を同じくしていると、     さっき言わなかったか?」 山縣 「っ……」 山縣 「……御二方の思想には、もちろん賛同しております。     私自身、長州はこのままではならぬと、     かねてより胸を焦がし続けておりますから」 山縣 「しかし……今はまだ、行動を起こす時ではない……。     このような策を強行するなど……     御二方は、むざむざと命を散らすおつもりか!」 高杉 「うふふ……。     ええ。いっそそれでもいいかしら、とも思っているわ……」 山縣 「な……」 高杉 「残念だわ、山縣さん。     他の隊の幹部たちが反対するのは、最初から予想できていたの。     そのおかげで、共に立ち上がってくれた方の数は、     せいぜい数十名程度に留まってしまった……」 高杉 「それでも、奇兵隊なら……     私が後継にと選んだ山縣さんなら、     きっと私の手を取ってくれると……そう思っていたのに」 山縣 「…………」 山縣 「……ご期待に添えず、申し訳ございません。     私は……奇兵隊は、共には行(ゆ)けませぬ」 伊藤 「……ふー……」 伊藤 「だそうだ、高杉殿」 高杉 「……うふふ」 高杉 「わかったわ。お邪魔したわね。     行きましょうか、伊藤さん」 伊藤 「おう」 山縣 「……高杉殿! 伊藤殿!」 高杉 「うん? なぁに?」 山縣 「せめて、時機を……。     好機を待とうとは、お考えになりませんか?」 山縣 「かねての、京都御所での戦の前……     高杉殿は、御所に攻め入ろうとする藩士たちを、     説得しようとなさっていたと伺いました」 山縣 「『行動を起こすにはまだ早い』と。     『いずれ返り咲ける日が来る、今は時機を待つべきだ』と」 山縣 「尊王攘夷の想いは失わず、冷静に状況を見定める……。     高杉殿は誰よりも、慎重なお考えをお持ちな方だったはずです」 高杉 「……ええ。そんなことも言ったわね」 山縣 「ならば、此度も……!」 高杉 「ごめんなさい。私は間違っていたの」 高杉 「時機を待っている暇など、初めからなかった……。     私たちは……遅すぎたのよ」 高杉 「それじゃあね。     ……もう、会える日は来ないかもしれないけれど」 山縣 「……そんな……」 ナレ 「かの人物――高杉晋作が、     無謀と思われる挙兵を推し進めた背景には、     数々の理由があったとされる」 ナレ 「『正義派』の文字通り、彼女なりの『正義』が、     日本の未来を憂う高杉を、衝動的に突き動かしたこと」 ナレ 「はたまた、『禁門の変』によって、     数多くの友や仲間を、無惨にも失ってしまったこと」 ナレ 「そして……」 高杉 「っ……!」 高杉 「げほっ! げほっ、ごほっ……!!」 伊藤 「おい! 平気か、高杉殿?」 高杉 「けほ、けほ……っ。     ええ、大丈夫よ……。     ほんの少し、血が出ただけ……」 高杉 「うふふ……こればっかりは、     決起しようと、兵を集めようと、     どうにもならないわね……」 伊藤 「…………」 ナレ 「『不治の病』こと、肺結核に侵されていた高杉にとっては、     もはや一刻の猶予もなかったのだろう」 ナレ 「高杉は伊藤や、賛同してくれた者たちを連れ、     『俗論派』の待つ下関へと進軍したのだった」 ナレ 「そして、彼女は……」 山縣 「……全隊、歩を止めよ!」 山縣 「これより、『俗論派』残党たちの拠点を攻め落とす!     おそらくこれが、彼らとの最後の大きな争いとなるだろう」 山縣 「『正義』の名の元に、幕府に与(くみ)する『俗論派』を討滅せよ!     覚悟は出来ているな?     では……各員、配置につけッ!」 ナレ 「高杉が起こした軍は、     初めはわずか数十人しか集まらなかったと言われている」 ナレ 「だが、一見無謀にも思えた高杉の策は、     ものの見事に、『俗論派』たちの勢力を削り続けた」 ナレ 「その華麗なる実力と、     必ずや理想を成し遂げんとする執念深さが、     多くの賛同者を集め……」 ナレ 「『俗論派』の討滅を果たさんとする頃には、     何倍もの規模の大軍へと膨れ上がっていたという」 山縣 「……まさか、かようなことになるとは……」 高杉 「……『思いもしなかった』?」 山縣 「っ!」 山縣 「た、高杉殿!     いつの間にこちらへ?」 高杉 「うふふ……ようやく念願が叶う日が来たんですもの。     つい浮かれて、前線まで来てしまったわ」 山縣 「……見守ってくださるのはありがたいですが、     お体に障ります。どうかご自愛を……」 高杉 「ええ……お気遣いありがとう。     軍の皆の調子はどう?」 山縣 「はい。戦意は十分です。     此度の戦も、みな意気揚々としております」 高杉 「それは結構ね……。     そろそろ奇兵隊の中でも、     新たな幹部候補が名を上げる頃になってきたでしょう」 高杉 「山縣さん、采配は任せるわ……。     彼らをもっと、もっと、強く育て上げてちょうだい」 高杉 「いずれ来る……『倒幕』の瞬間のために、ね……」 山縣 「……ええ。     高杉殿のため、長州藩のため……死力を尽くして参ります」 高杉 「……うふふ」 高杉 「あぁ、そうだわ……。とっても良い知らせがあるの」 高杉 「軍の強化のために、新しい武器の調達に成功したのよ」 山縣 「左様ですか!     ということは、薩摩藩の協力が?」 高杉 「ええ……。 西郷さん、とっても素敵な方だったわ。 倒幕の意志を、あんな方と同じく出来るだなんて、誇りに思うわね……」 高杉 「届くまでには、もうしばらくかかるらしいの。     隊の皆と一緒に、待っていてくれると嬉しいわ……」 山縣 「はい! 承知いたしました」 高杉 「……うふふ。     新たなる時代が、ついに始まるわね……」   ■第二幕:長州の戦い ナレ 「1865年。高杉晋作が率いる軍は、     ついに『俗論派』の討滅に成功した」 ナレ 「長州藩の実権を握った高杉は、     薩摩藩の西郷隆盛と秘密裏に手を組み、『薩長同盟』を締結する」 ナレ 「本来であれば……薩摩藩と長州藩は、相容れない者たちであった」 ナレ 「『海外勢力に屈してはならない』、という思想こそ同じだが、     あくまで幕府に与しようとする薩摩藩と、     幕府に牙を剥き、朝敵とされた長州藩……。     これら2勢力が手を組むのは、当時としては異例であっただろう」 ナレ 「それでも彼らが同盟を組んだ背景には、     かの坂本龍馬が属していた、土佐藩の仲介があったとされる」 坂本 「失礼!」 西郷 「坂本殿! よくぞ参られたのう。     さあさあ、こちらへ」 坂本 「うん!」 坂本 「いやぁ~。仲の良い薩摩藩の力になれて、     うちは自分を誇らしう思うぞ!     のう、西郷さん!」 西郷 「いやまったくその通り。     坂本殿の仲介がなければ、     こう上手くはいかんかったじゃろう」 坂本 「ほんとほんと!     西郷さんは岩のように頑固じゃからな~。     説得するのがま~大変じゃった!」 西郷 「ご苦労をおかけしたな。     改めて礼を言う、坂本殿。     お主のおかげで、長州とは良い関係を築けそうじゃ」 坂本 「それは何より!」 坂本 「……して、そちらの御三方は?     まだ挨拶してなかったな、すまん!」 西郷 「あぁ、こちらも紹介が遅れて申し訳ない」 西郷 「こちらから、桐野利秋(きりの・としあき)、     村田新八(むらた・しんぱち)、     大久保利通(おおくぼ・としみち)の3人じゃ。     この機会に紹介しておこうと思ってのう」 桐野 「桐野と申す。よろしくお願いいたす」 村田 「俺が村田新八!     剣の腕なら誰にも負けやせんぜ~! よろしくぅ!」 大久保「大久保だ。よろしく頼む、坂本殿」 坂本 「うむうむ……紹介ありがとう!     やはり薩摩はおもろいなぁ~。     個性的な藩士ばかりで!」 坂本 「特に村田さん!     お前さんは元気がいいな!     すぐにでも仲良くなれそうじゃあ!」 村田 「えへへ、そうっすかぁ~?     照れますねぇ~!」 桐野 「あはは……」 大久保「……西郷殿。     そろそろ本題に入ってはいかがか」 西郷 「おっと、そうじゃった。     坂本殿、ここにお呼びしたのは他でもない。     再び坂本殿に頼みたいことがあってのう」 坂本 「うん、なんじゃ?     うちに出来ることなら、なんでもまかせい!」 西郷 「はっはっ! 頼もしいの。     ではさっそく本題に入ろう」 西郷 「土佐藩の仲介のおかげで、     わしらと長州藩は協力関係を取ることとなった。     もちろん、幕府に知られぬよう、あくまで秘密裏にな」 坂本 「うん! しー、じゃな!」 西郷 「長州と手を組んだおかげで、     倒幕に向けての計画が、より具体的なものになった」 西郷 「わしらはあくまでも幕臣。     表立って反旗を翻すわけには行かぬ。     じゃからこそ、内側から改革を図ろうと、     将軍様に幾度となく進言を行ってきた」 西郷 「じゃが……今までの穏健なやり方では、     幕府を変えることは難しいと思い知った」 西郷 「そこで、倒幕の意志の堅い、長州藩と手を組み……。     貿易品をこっそりと流し、軍備を強化してもらう。     そうしてコツコツと、倒幕に向けての作戦を立ててきたわけじゃ」 西郷 「しかし……さすがの将軍様も、     ついに痺れを切らしてしまってのう」 西郷 「第2次長州征伐……。     それに向けての協力を持ちかけられたのじゃ」 坂本 「なんと!     しかし、例の密約には……」 西郷 「あぁ。同盟を交わした以上、     表向きであろうと、長州と敵対はできん。     じゃから、わしら薩摩藩は、幕府の招集を断るつもりじゃ」 坂本 「おお……。肝が座っとうのう……!」 西郷 「さて、本題はここからじゃ。     わしらはこの戦に手出しができん。     じゃから、坂本殿……」 坂本 「ふふふっ。わかった!     土佐から援軍を送ってやれば良いのじゃな?」 西郷 「……さすが。話が早くて助かるのう」 坂本 「ふふん。となれば計画を練らんとな。     ではお前さんたち、詳しい情報を教えてもらっても良いか?     同志長州藩のため、共に作戦を練ろう~!」 桐野 「はい」 村田 「がってん!」 大久保「ああ」 ナレ 「それから。時は流れ、1866年6月。 第2次長州征伐の火蓋が、ついに斬って落とされる」 春日 「……うむ」 春日 「戦況は我ら征長軍にある。だが、正念場はここからだな。     小笠原(おがさわら)殿、上手くやってくれるだろうか……」 近藤 「……お?」 春日 「おや。新撰組の……。     ここで何をしている?」 近藤 「やあどうも、春日さん。     長州の奴等が撤退を決めたんでね。     次の戦場(いくさば)に行くところだ」 春日 「なるほど。首尾は上々か?」 近藤 「ま、いい方に向かってんじゃねぇのかなぁ。     少なくとも新撰組は無傷だぜ。     あんまり前には出れねえのもあるけどな」 春日 「というと?」 近藤 「わかるだろ? 例の銃だよ。     ったく、長州の奴等、     海外の兵器なんぞを大量にこさえてきやがってよ」 近藤 「薩摩が手を貸したりするから、     こういうめんどい戦いになっちまうんだ」 春日 「まったくだな。     薩摩も何を考えているのか……」 春日 「朝敵である長州に肩入れするなど、     幕臣として、あってはならぬと言うのに」 春日 「無為に戦乱を広げる不忠義者共め……!     慶喜様への忠誠を忘れたのか!」 近藤 「ま、そのおかげで、     私たちが攻め入る隙が出来たんだ。     どうせ大した兵力でもねえんだし、ぼちぼち戦おうぜ」 春日 「……貴様、やけにあっさりとしているな。     奴等に怒りを覚えないのか?」 近藤 「んー……。     正直言えば、どうでもいいなぁって思ってるよ」 春日 「なんだと……?」 近藤 「だってそうだろ?     私たち新撰組は、もちろん幕府に仕える忠臣だぜ。     だが、今回の戦いには、いまいち乗り気になれねえ」 近藤 「将軍様は、何がなんでも長州をぶっ潰したいみてえだけどよ。     私たちからすれば、てめえの喧嘩に無理やり巻き込まれてるようなもんだ」 春日 「貴様、無礼だぞ……!」 近藤 「春日さんも思わなかったか?     長州の高杉が改革を起こしてから、もう1年は経つぜ」 近藤 「攻め込むための兵も十分集まってただろうに、     将軍様と来たら、書面でお伺いを立てるばかりだ。     本気で潰すつもりなら、もっと早く動くべきだったろ」 近藤 「この戦いは、幕府の未来を賭けた戦い、なんて類のもんじゃねえ。     あの日……京都の街に燃えた日の、火消しの続きみたいなもんだ」 近藤 「だからあんまり乗り気じゃねぇんだよ。     ま、やるべきことはやるけどな」 春日 「近藤……貴様……」 近藤 「そんなかりかりすんなよ!」 近藤 「いくら奴等の武器が強かろうが、こちとら桁違いの大軍さ。     采配さえ間違えなければ、勝利はほぼ間違いなしだろ」 近藤 「……ま、『何か』が起こってくれても、 それはそれで楽しみだけどな」 春日 「……!」 近藤 「邪魔したな。そんじゃ、春日さんもご武運を」 春日 「……ふん!     まったく、聞くに耐えんな」 春日 「『何か』が起こることなど、     我ら征長軍にはありえまいに……」 ナレ 「幕臣・春日左衛門の考えは、     一般的に考えるならば、決して驕りなどではなかった」 ナレ 「征長軍は圧倒的な兵の数を存分に活かし、     長州軍の四方を囲み、追い込む状態にまでなっていた」 ナレ 「長州からすれば、あまりに絶望的な状況。     この戦いに挑む征長軍の誰もが、     自分たちの勝利を疑うことはなかっただろう」 ナレ 「だが、高杉晋作という脅威の存在が、     そんな未来予想図を、粉々に破り捨てることとなる」 高杉 「……ふふふ。壮観ねぇ……。     どう、桂さん?」 桂  「……あぁ、そうだな」 桂  「まさか、戦いが始まってひと月で、     我々長州軍が、ここまで持ち直せるとは」 山縣 「真(まこと)に……驚くべきことです。     周防大島を取られた時は、     やはり敵わぬかと思ったものですが」 山縣 「高杉殿の夜襲作戦により、敵方の海軍は無事に撃退。     さらには、芸州口(げいしゅうぐち)、     石州口(せきしゅうぐち)の2箇所でも、     戦況有利の知らせが届いたと……」 高杉 「うふふ……どれだけ無謀に思える戦いでも、     策さえあれば、切り抜けることはできる……」 高杉 「だからこそ……戦というのは面白い。うふふ……」 桂  「……だが、まだ逆転と言うには早いな。     そうだろう、高杉」 高杉 「ええ……桂さんの言う通り。     この戦い、一番の肝になるのは、     やっぱり小倉藩(こくらはん)との戦いね……」 山縣 「ええ。彼らは特段に幕府への忠誠心が高い。     他の藩と違い、兵器も新型で、相応のものを準備しているようです。     真っ向からぶつかるには危険でしょう」 高杉 「でも、そこが彼らの生命線……。     小倉口(こくらぐち)での勝利を収めることができれば、     勝敗は決すると言っても過言ではないわ……」 高杉 「問題は、それをどう実現するか……」 伊藤 「高杉殿!」 高杉 「あら……伊藤さん。     戦況はいかが?」 伊藤 「それどころじゃねえ!     例の知らせは届いたか!?」 高杉 「知らせ……?」 伊藤 「ああ。将軍が……     徳川家茂(とくがわ・いえもち)が、倒れた……!」 桂  「なっ!?」 山縣 「なんと……!」 高杉 「……ふふっ。     うふふっ、うふふふふっ……」 高杉 「あっはははっ……!     吹いた……吹いたわ!     神風が……!!」 ■第三幕:幕府軍敗走 ナレ 「第二次長州征伐を幕府が推し進めた矢先     思わぬ知らせに、幕府率いる征長軍は大きな衝撃を受けた……」 徳川 「ああ、なんてこと……。     まさか、こんな折に将軍が……」 ナレ 「わずか二十一歳の若さでこの世を去った江戸幕府第十四代将軍、徳川家茂。     病による急死は、征長軍を指揮する慶喜にとって、     極めて間の悪い不幸であった」 ナレ 「長州軍との戦は、元は将軍・家茂の声から始まったもの。     勢いを増す長州軍を押さえたいという考えは理にかなっていたが、     必ずしも、幕臣たちの理解を得ていたわけではなかった」 ナレ 「そんな中で、将軍の存在が消えてしまうということは、     軍全体の士気の低下へと繋がる。     このまま戦を続ければ、一体どうなるか……」 ナレ 「慶喜は今、指揮官として、重大な岐路に立たされていた」 徳川 「……はあああ……」 徳川 「こうなってしまっては、もう……     退くしか、ないわね……」 近藤 「……あー。そうなっちまったかぁ」 ナレ 「指揮官・慶喜による撤退命令。     混戦を極める戦場に、その知らせは降り立った」 ナレ 「無論、敗北を認めるわけではない。     四方におよぶ激しい戦いの中、     兵力を徐々に失い、疲弊しかけているのは、幕府も長州も同じこと」 ナレ 「慶喜の狙いは、休戦を申し出ること。     戦いにひとたびの決着を付け、     互いにこれ以上の犠牲を出さないようにすること」 ナレ 「たとえ、長州に有利な条件を飲むことになろうとも。     それが慶喜の考えであった。しかし……」 近藤 「まあ、慶喜公のお考えなら、私らは文句ねえけどよ。     長州の奴等は、どうだかねぇ……」 高杉 「……んふふ……」 高杉 「当然……受けるわけが、ないわよねぇ」 山縣 「……はあ……」 山縣 「まったくもって馬鹿にしております。     あちらが始めた戦だと言うのに」 山縣 「それも、圧倒的な大軍をけしかけ、     私たちを四方から包囲しておいてです」 山縣 「それがいざ形勢を逆転された途端に、休戦を申し出るなど。     どこまで我ら長州を愚弄するつもりか!」 高杉 「うふふ……落ち着いて、山縣さん。     幕府の方々には、もう後がないのよ」 高杉 「些末な敵だと侮っていた私たちから、     思いがけない反撃を受け……。     最高権力者の将軍も失い……兵たちの士気は下がる一方」 高杉 「このまま、頼みの小倉藩まで打ち負かされて、     大敗を喫するようなことがあれば……     国内の支持は大きく落ち、幕府の権威は失墜してしまう」 高杉 「これは所詮、苦し紛れの策。     向こう方もそれはわかっているはずよ」 山縣 「となれば……私たちは引き続き、     小倉口での勝利を掴むため、策を練るだけですな」 高杉 「ええ、そういうこと。     さて山縣さん。あなたはどう見る?」 山縣 「そうですね……」 山縣 「彼らの根城である小倉城(こくらじょう)をどう落とすか。     また、小倉城にたどり着くまでの道をどう確保するか。     目下の課題はこのあたりでしょう」 山縣 「おそらく小倉藩は、我々に攻撃を仕掛ける時機を     慎重に見定めているはずです」 山縣 「海峡に向け斥候を出しておりますが、港は堅く守られており、     攻めに転じる様子はまだ見せておりません」 高杉 「なるほど。とすれば……     彼らが動きを見せる瞬間が、一番の攻め時ね」 山縣 「そうなるかと。     彼らの出陣に合わせ、不意をつくのです。     悟られないよう、可能な限り船を近づけ、     一気呵成に砲撃を行いましょう」 高杉 「ええ。わかったわ。     さっそく兵たちを用意してくれるかしら」 山縣 「無論でございます。     『奇兵隊』を先頭に、必ずや勝利を収めてみせましょう」 高杉 「うふふ、楽しみにしているわ……。     それじゃあ私も準備を……」 高杉 「っ! ぐっ……がはっ!」 山縣 「っ! 高杉殿!」 高杉 「げほげほっ、げほっ! ぐっ、ああっ……」 高杉 「はぁーっ……はぁーっ……!」 山縣 「高杉殿! どうか、気を確かに!」 高杉 「んっ、ぐっ……はぁーっ……はぁーっ。     ふ、ふふっ……あははっ」 高杉 「やはり、病には、勝てそうにないわ……。     私の、命の火は……もうじき、消えるのね……」 山縣 「そんな、高杉殿……!」 高杉 「大丈夫……大丈夫よ、山縣さん。     まだ倒れない……倒れるわけには、いかないものっ……」 高杉 「はーっ……。すうっ……。はーっ……」 高杉 「……ふうっ」 高杉 「ありがとう、山縣さん……。     山縣さんが着いてきてくれなかったら、     私はここまで来られていなかったでしょうね」 山縣 「……何をおっしゃいますか。     すべて、高杉殿のお力です。     高杉殿がいたから、私たちは……」 高杉 「うふふ。     それならなおさら……倒れるなんてできないわねぇ」 高杉 「行きましょう。     小倉口の勝利は、我々長州が勝ち取るわ」 山縣 「はいっ……!」 ナレ 「海戦における長州藩の策略は、ものの見事に功を奏した」 ナレ 「長州藩を攻めるべく、本州への上陸を決めた小倉藩の兵士たち。     だがその隙を、隠れていた長州の船は見逃さなかった」 ナレ 「すかさず砲撃を繰り出し、何度も砲弾を打ち込む……。     すべての船が破壊されるまで攻撃は続く」 ナレ 「長州の快進撃がまたも炸裂する中、     将軍を失い、士気も低下しつつあった小倉藩は、     もはや為す術を失っていた」 ナレ 「そうして……激しい戦いの舞台は、     小倉藩の領地、赤坂へと動く」 高杉 「……もう少し。あともう少し……」 高杉 「うふふ……あははっ。     長州藩が、再び返り咲く日が……あともう少しで……!」 山縣 「高杉殿」 高杉 「あら……山縣さん。     戦況は順調そうね」 山縣 「ええ。軍は着実に歩みを進めております。     このまま小倉城まで押し切るのも、時間の問題かと」 高杉 「とっても良い知らせだわ……ありがとう」 山縣 「はい。……ただ、ひとつ懸念がございまして」 高杉 「というと?」 山縣 「敵の動きを見ておりますと、     どうにも防戦一方に思える戦線があるのです」 山縣 「理由はわかりませんが、     何やら我々を、自ら領地に誘い込んでいるかのような……」 高杉 「……へえ。     怪しいわね……罠でもあるのかしら」 山縣 「わかりません。ですが……     相手方には、熊本藩が強く肩入れしている様子がありまして」 高杉 「熊本藩……。存じているわ。小倉藩とは仲が良いものね。     将軍様がお亡くなりになられて、戦意を喪失しているかと思っていたけれど」 山縣 「ええ。全体に士気は下がっているように思えます。     しかし、まだ彼らは……希望を捨てていないように思うのです」 山縣 「高杉殿、どうかお気をつけください。     奴等がどんな反撃を講じてくるか……まだわかりません」 高杉 「そうね……。     山縣さんも、どうか気をつけて」 山縣 「ええ。それでは、私は次の戦場へ……」 山縣 「っ!? くっ……!」 高杉 「……なに、今の……」 高杉 「……なっ……」 ナレ 「長州軍は、予想できていなかった」 ナレ 「熊本藩の持つ兵器が、どれほど強力なものなのか」 ナレ 「『アームストロング砲』」 ナレ 「イギリスが開発した最新鋭の大砲……。     彼らがここまでの強大な兵器を持っているとは、     予想できてはいなかったのだ」 ナレ 「砲弾が迫りくる。     はるか、はるか、上空から……戦場へと」 高杉 「……ダメっ!!」 山縣 「ぐっ!?」 高杉 「きゃああああっ!!」 高杉 「……うっ……かはっ」 高杉 「はぁっ……はぁっ。     ……なんて、こと……」 山縣 「う、ううっ……」 高杉 「! 山縣さん!」 高杉 「しっかりして、山縣さん……!」 山縣 「う……うう……」 高杉 「はぁ、はぁ……」 高杉 「そんな……。     ここまで……ここまで来たのにっ……」 高杉 「負けてしまうの? 私たちが……?」 高杉 「いやよ、嫌……。そんなの、絶対に許せないっ!」 高杉 「私たちはっ……長州藩は、負けるわけにはいかないの」 高杉 「この国を、今、変えなければ……!     日本の未来を、守らなければいけないのっ……!」 高杉 「私たちが、立ち上がらなければッ!」 高杉 「だから、だから、お願いっ……。     どうか、私たちに……長州に力をッ!!」 高杉 「……!」 高杉 「……ああ……」 坂本 「やあやあやあっ!     なんとも大きな音がしたなぁ! 平気かっ!?」 高杉 「あぁ……坂本さんっ……」 坂本 「あっはっは! ずいぶん派手にやられたのう!     とはいえ、もう安心じゃ。     頼もしき援軍! うちら土佐藩の到着ぜよ~!」 坂本 「大船に乗ってつもりで、任せてくれぇい!」 高杉 「ふふっ……こんな陸地で、『大船に乗る』だなんて。     ずいぶん豪快なことを言うのね」 坂本 「んっ? ああ、それもそうか!?」 高杉 「うふふ……。     ねえ、坂本さん。策はあるの?     あの大砲に打ち勝つための策は……」 坂本 「うーん……わからん! でもまあやれるじゃろ!     うちら土佐藩の底力は、とにかくすっごいからな~!」 高杉 「……ふっ。あははっ」 高杉 「ええ……きっとそうね。     行きましょう、坂本さん。     共に日本を変えるために」 坂本 「おう! もちろんじゃ!」 ナレ 「援軍・土佐藩の到着は、     長州軍に大いな高揚をもたらした」 ナレ 「熊本藩の最新兵器による攻撃は、     依然として大いなる脅威ではあったが」 ナレ 「将軍亡き今、是が非でも勝利するためにと、     身勝手な振る舞いを見せる幕府軍に……     熊本藩は徐々に不信を抱きはじめる」 ナレ 「そうしてついに、長州藩の猛攻を押さえ切れぬまま、     熊本藩は戦況を離れてしまう」 ナレ 「こうして再び、長州軍は返り咲いた。     第二次長州征伐は、小倉藩の逃亡をもって、     ようやく終結するのだった……」 高杉 「……うふふ」 高杉 「この紅蓮の炎……。     私の胸のうちで、熱く昂ぶる命のよう……」 高杉 「あぁ……。     とても、とっても……心地いいわ……」 ■第四幕:『薩土密約』 ナレ 「長州藩と幕府が全面衝突した、激しい争いの後。     2勢力はようやく休戦協定を結ぶ運びとなった」 ナレ 「長州藩の圧倒的有利で戦いは終結し、     幕府は大幅に、その権威を失ってしまった結果となる」 ナレ 「そんな幕府は、亡き家茂に代わる新たな将軍として、     『徳川』性の後継者に、その任を渡した」 ナレ 「第十五代将軍。徳川慶喜。     彼女は失墜した幕府の威信を再び取り戻すため、     巧みな政治術をもって、その有能さを知らしめる」 ナレ 「将軍としての立場を得た彼女が行ったのは、開国の推進」 ナレ 「当時、諸外国は日本の開港を強く迫っていた。     この申し出に異を唱えた天皇の意志により、     幕府は開港までの時間稼ぎを行っていた状況であった」 ナレ 「慶喜が将軍となった時、     開港を約束した日までの時間制限は、残り1年に迫っていた」 ナレ 「この問題を、幕府に先立って解決すべしと、     行動を開始したのが薩摩藩である」 ナレ 「彼らは諸藩の有力人物たちを集め、     開港問題を解決するための集まり……     『四候会議(しこうかいぎ)』を招集した」 ナレ 「この背景には、政治の実権を幕府に握らせず、     朝廷を中心とする政治体制に変革すべき……という、     薩摩藩きっての狙いがあった」 ナレ 「しかし、慶喜は己の政治力を駆使し、その牽制を跳ね返す」 ナレ 「1867年、5月。     慶喜は政局を上手く操り、四侯会議の働きを押しのけ、     半ば強引に開国を推し進めてみせた」 ナレ 「これにより、幕府を政治の面で上回ろうという、     四侯会議の目的は達成されず……」 ナレ 「結果、何も手を下せないまま、     慶喜の手で無力化された形となる」 ナレ 「この一件により、失墜した幕府の権威は再び浮上。     政治の中心はいまだ幕府にあり……と、     将軍・慶喜が意地を見せることとなった」 ナレ 「そして……そんな慶喜の奮闘によって、     ついに薩摩藩は、極めて大きな決断を下すこととなる」 ナレ 「慶喜による開国が執り行われた直後。     京都某所にて、薩摩藩および土佐藩による話し合いが持たれた」 ナレ 「薩摩藩側は、西郷隆盛、村田新八、大久保利通の3名。     対する土佐藩は、板垣退助(いたがき・たいすけ)、     谷干城(たに・たてき)の2名」 ナレ 「両者は四侯会議に次ぐ、次なる一手を考えるため、     会議の場を設けたのであったが……」 板垣 「……うう~んっ……」 板垣 「はあっ……!     やっぱりダメよ……このままじゃダメ!     そうでしょう!? 西郷さん!」 西郷 「ふぅむ……」 西郷 「落ち着いてくれ、板垣殿。     この状況の深刻さはわかっておるつもりじゃ」 板垣 「いいえ! 全然わかってない!」 板垣 「四侯会議なんて立てたところで、     幕府の意向は変えられなかった。     それが事実でしょう! 違う!?」 谷  「た、退助! 冷静になろうよ……!」 板垣 「そんなこと言ってる場合!?     今が最高の時機なのよ!     彼らが長州征伐に失敗した今、     幕府を攻めないで、いつ攻めるっていうのよ!」 谷  「そ、それは~……」 大久保「あまり騒がないでいただけるか、板垣殿。     策を考えようにも、きゃあきゃあ騒がれては思考がまとまらぬ」 板垣 「はあ? なんですって!?」 谷  「退助~……!」 村田 「ま、まあまあ! 板垣さんも大久保さんも!     みんなピリピリしちゃうのはわかりますよ~、     でもさ、ほら! もう1回考え直しましょうや!」 谷  「そ、そうですよね!     ほら退助、村田さんもこう言ってくれてるし、ねっ!」 板垣 「……ふんっ」 板垣 「考え直すったって、どうするつもり?     今回の結果が何を意味するのか……当然わかっているのよね?」 板垣 「公武合体(こうぶがったい)……。     朝廷と幕府が手を組んで、この国の政治を動かしていく」 板垣 「それを理想とする薩摩藩のやり方では、     もはや上手くいかないということを意味している……。     そうではなくて?」 西郷 「……ふう」 西郷 「まあ、その通りじゃな。     島津殿も、此度の件には酷く憤っておった」 板垣 「島津さんねぇ……。     件(くだん)の大名様に言っておいて頂戴よ。     『生ぬるい手段では、もうどうにもならないのよ』ってね」 谷  「退助、そんなこと言って大丈夫……?」 大久保「ふん。構わんのではないか?     ここに当人はおらぬしな。それに……」 大久保「お主のその意見には、大変同意する。     私もそろそろ、舵を切り直すべきと思っていたところだ。     なあ、西郷殿?」 板垣 「! ということは……!」 西郷 「うむ……。     もはや、言葉で話し合う余地は、残されていないのかもしれん」 西郷 「島津殿には悪いが……動くべき時が来たようだ」 村田 「西郷どん。それって、つまり……!     どういうこと?」 板垣 「ええー……」 西郷 「がっはっは。教えてやろう新八。     わしらが目指すべき新たな道とは……『武力による倒幕』じゃ」 村田 「武力!? それって……!」 西郷 「ああ……」 西郷 「板垣殿。谷殿。     お主らもきっと、思うところは同じじゃろう」 板垣 「ええ、もちろんよ!     私たちは武力をもって、この国を変えてみせる!」 板垣 「……長州藩がそうしたのと、同じようにね」 西郷 「そうじゃな……。     亡き高杉殿の意志を、わしらは継がねばならぬ」 板垣 「それじゃあ、西郷さん。     私たち土佐藩が検討中している、     とっても良い案があるのだけど……いいかしら?」 西郷 「うむ。聞かせてくれ」 板垣 「わかったわ。干城!」 谷  「うん!」 谷  「西郷さん、こちらを読んでください!     土佐藩の考える倒幕のための案……     『大政奉還(たいせいほうかん)』について、簡単に記してあります」 西郷 「『大政奉還』……」 谷  「今、土佐藩内の派閥は、大まかに2つに分かれています。     私や退助が属する『武力倒幕派』と、     あくまで平和に幕府の力を削ごうとする、『大政奉還派』の2派閥です」 西郷 「なるほど。幕府独裁の状況を修正するため、     幕府から朝廷へ政権を返上させる。     その後、朝廷に『議事堂(ぎじどう)』を設置し、     政局の中心を、諸侯たちによる議会制度に変えていく……か」 板垣 「そういうこと。でも考えてみて?     あの将軍様が、この提案を簡単に受け入れると思う?」 村田 「うーん。そうは思えませんねぇ。     あれだけ必死の思いで、ぱっぱと開国を進めた将軍様ですし。     当然退くつもりはないんじゃねぇですか?」 大久保「あぁ。その可能性が高いだろうな」 板垣 「でしょ!     そうすれば、私たち『武力倒幕派』には、     戦う理由が出来るってわけ!」 板垣 「聞く耳を持たない将軍様を動かす為には、     もう武力しかない! って知らしめてやるのよ!」 西郷 「ふむ……。     大義名分を得られる、というわけじゃな」 板垣 「っ!」 西郷 「板垣殿。お主らの策に、わしらも同乗しよう。     この国のため、共に戦おうではないか」 板垣 「ええ。もちろんよ!」 ナレ 「こうして、薩摩藩と土佐藩の協力関係が、     倒幕に向けて固く結ばれることとなった」 ナレ 「土佐藩内の派閥の問題があり、     この場で交わされた『薩土密約(さつどみつやく)』の存在は、     土佐藩では伏せられたままにされていた」 ナレ 「それから約1か月後。     板垣・谷たちと相対する『大政奉還派』は、     薩摩藩とのもうひとつの繋がり……     『薩土盟約(さつどめいやく)』を結ぶこととなる」 ナレ 「反発する2つの思惑が交差しながら、     日本はついに、倒幕に向けて大きく動き始めるのだった……」