第一話 二人っきりの冒険パーティー 【アル】 「とりゃぁぁ!!」 【魔物】 「グオオオォォ!」 魔物の群れを倒した! アルたちは27の経験値と20ゴールドを手に入れた! 【アル】 「ふぅ……次のレベルまでに必要な経験値は…3869か……まだ結構あるなぁ…。」 僕はアルフィン。魔王を討ってこの世に再び光を取り戻すための冒険に出た勇者だ。 強力な魔法を操り数多の魔物を従える魔王を倒すまでの道のりは、長く険しいものになるだろう。だけど絶対に世界を救ってみせる…! 強大な相手だからこそ、この僕が立ち上がらなければ。 あらゆる困難に打ち勝って偉業を達成するからこそ勇者は勇者なんだ! ……と意気込んでみたところで、今の僕のレベルはたったの5。 村の近くの森でモンスターを狩りまくって、ちまちまとレベル上げに励んでる段階でしかない。 魔王を倒すまでの道のりは本気でまだまだ長そうだ……。 そしてその道のりをより一層険しいものにしているのが、僕の率いる冒険パーティーについての問題だった。 魔王を倒すためのパーティーって言ったら普通、勇者の他にも攻守に長けた屈強な戦士や回復支援の得意な僧侶、強力な魔術を操る魔法使い辺りがバランス良く揃ってるって相場は決まってるんだけど…… 【プーナ】 「うわっほー!アルっち、つよーい!」 嬉しそうに声を上げて駆け寄って来たこの娘は、獣人のプーナ。 そう……僕の冒険パーティーのメンバーは今のところ、このプーナと僕の二人だけ。 【プーナ】 「アルっち一人でやっつけちゃうんだもーん!やっぱりプーナちゃんの勇者様は、格好いぃよぉー♪」 本当は戦士や僧侶、魔法使いを雇って形だけでも完璧なパーティーを組みたかったんだけど、それは無理だった。 多くの冒険者が魔王討伐隊に駆り出されたせいで、今や冒険者市場は深刻な人手不足となっていた。 当然のように人件費は高騰し、僕みたいな遅れて来た駆け出しがまともなパーティーを編成できるような状況じゃなくなっていたんだ……。 それでも完璧なパーティーで冒険する夢を諦めきれなくて、少しでもゴールドを稼ぐために宿屋近くの森でせっせとモンスターを狩り続けていた時、偶然出会ったのがプーナだった。 【プーナ】 「プーナちゃんがおっかなーーい魔物に追い詰められて大ピンチだったあの時も、そうやってシュバッ!ザシュッ!って超〜カッコよく魔物をやっつけて、プーナちゃんのこと救い出してくれたんだよねぇ♪」 プーナの中では僕らの出会いの場面がだいぶ美化されてるみたいで、その話をする時はいつも目をキラキラさせて最高の笑顔を見せる。 でも本当は、大型モンスターがプーナに気を取られて隙だらけだったんで、ダメでもともとのつもりで背後から思いっきり一撃入れてみたら運良く弱点にクリティカルヒットして、たまたま倒せただけなんだよな……。 まぁ…そんなことプーナには言ってないけど……。どうせならカッコいい勇者だと思われていたいし…。 【プーナ】 「ほんと、命の恩人様だよぉ♪プーナちゃん、どこまでもアルっちについてくよぉ〜♪」 …そんな出会いだったこともあってか僕はすっかりプーナになつかれてしまい、冒険のお供をすると言って聞かないプーナをしぶしぶながらパーティーメンバーに加えたのだった。 【プーナ】 「あっ!?なんかプーナちゃん、レベルが上がったみたい! えっと、攻撃力がプラス0(ゼロ)、防御力もプラス0、素早さは…プラス1(いち)……」 「獣人」あるいは「亜人」と一口に言っても、この世には実に多種多様な種族が存在する。 俊敏なワーウルフや怪力自慢のミノタウロスなら、武闘家や戦士の代わりが充分務まるだろう。 回復魔法や攻撃魔法を使いこなすアルラウネやセイレーンなら僧侶や魔法使いと同等以上に頼もしい戦力となったはずだ。 だけどプーナは、種族が何かはよくわからないけど明らかにそういった戦闘向きの獣人じゃない。 現に戦いの場ではほとんど役に立たないし、レベルが上がってもステータス値の上昇は毎度微々たるものだ。 【プーナ】 「うーん…またステータス、あんまり上がらなかったな…」 いつも元気で底抜けに明るいプーナだけど、いくらレベルアップしてもステータスが上がらず戦闘に加われないのは相当辛いことらしく、この時ばかりは妙に哀しげで儚げな横顔を見せる。 【アル】 「まぁ、まぁ……プーナはそんなに無理しなくても大丈夫だよ。僕が前衛でバリバリやるからさ。任せといて!」 そう、僕が強くなれば済む話だ。 強めなモンスターをガンガン倒せば経験値がたくさん入ってレベルは上がっていく。 ゴールドだってどんどん貯まる。いずれは本職の戦士や魔法使いだって雇えるようになるだろう。 そしたらプーナには、遊び人枠としてパーティーのマスコットになってもらおうかな…。 【プーナ】 「あっ……なんか…プーナちゃん、今のレベルアップでスキルを覚えたみたい…! ええと、覚えたのは…『す……スカ…ン…』」 プーナがスキルを習得するなんて初めてのことだ。 どんなスキルだろう?…と気になって、彼女のステータスを確認しようとした時だった。 人喰いオオカミが現れた! ヘルサラマンダーが現れた! アルたちは不意を突かれた! 【プーナ】 「うわわっ!?アルっち!魔物だよっ!!」 【アル】 「やばい!プーナ、下がれっ!!」 不意を突かれてしまった……一戦終えた後だからって完全に油断していた。 ここはまだ魔物がうようよしている森の中……気を抜いてる場合じゃなかったのに…! よりによって、厄介な奴らが二匹も…! 人喰いオオカミとヘルサラマンダーはこの辺りじゃあまり見かけない強めのモンスターだ。 一匹でも苦戦する相手なのに…二匹同時となるとかなりまずい。 しかもこっちは、さっきの戦闘で負ったダメージの回復がまだだった…! 【プーナ】 「アルっち!来るよっ!」 【アル】 「くそっ!間に合わな…っ!」 人喰いオオカミのターン! 人喰いオオカミの攻撃! 【アル】 「うがっ…!!」 アルに273のダメージ! 【プーナ】 「ああぁっ!アルっち!大丈夫っ!?」 ヤバい…さすが人喰いオオカミ、攻撃力が高い…! くそ、今の一撃でHPが半分近くまで削られてしまった……もってあと2ターン…。 これじゃ、こいつら二匹とも倒しきるのはまず無理……だったら残された手はもう…! 【アル】 「プーナっ!ここは一旦逃げ…」 【プーナ】 「アルっち、前っ!!危ないっ!!」 ヘルサラマンダーのターン! ヘルサラマンダーは麻痺ブレスを吐いた! アルは麻痺してしまった! 【アル】 「しまっ……ぁ………ぁ……」 か…体が……動かない…っ!! くそっ…あのトカゲ野郎、麻痺攻撃なんて使えたのかっ…!? 【プーナ】 「あああ…!アルっちっ!アルっちぃーーー!!」 アルのターン! アルは体が痺れて動けない! 【アル】 「ぐっ……ぅ…………ぁ…」 ダメだ。麻痺は解けるまでに数ターンはかかる。それまでこの二匹の攻撃をしのぎきれるとは到底思えない…。 残念だけど、僕のHPが尽きるのは時間の問題だ…!くっ…ここまでか…! せ、せめてプーナだけでも、逃げてくれ……! 僕のことは放っといて逃げるんだっ!こいつら相手じゃ勝ち目なんてない!逃げて生き延びてくれっ!! 僕はそう叫ぼうとしたが、既に喉まで麻痺してしまっていて、言葉を発することさえできなかった。 【プーナ】 「もおお〜〜ぉぉっ…!!よくも……よくもアルっちに酷いことしたなーーっ!!プーナちゃん、もおぉぉ怒ったぞぉーー!!」 魔物達に素早く背を向けたまでは良かったけど、プーナは逃げ出すかわりにぷりんっとお尻を突き出すようにしてその場に踏ん張り続けていた。 お、おいっ、プーナ!何グズグズしてるんだっ!!早く、逃げ… プーナのターン! 【プーナ】 「くらっちゃえーーっ!ス…カンクっ…バーーーストぉぉーー!!」 プーナはスカンクバーストを放った! プーナのお尻から噴射された凄まじいにおいが魔物の群れを包み込む! 【プーナ】 「んふぁぅ……イイの…出たぁぁ…♪ こ…これがプーナちゃんの新スキル、スカンクバーストだよっ!」 人喰いオオカミに2564のダメージ! 人喰いオオカミは悲鳴を上げて大地に崩れ落ちた! ヘルサラマンダーに1395のダメージ! ヘルサラマンダーは涙を流して悶え苦しんでいる! アルのターン! アルは体が痺れて動けない! プーナのターン! 【プーナ】 「へっへーん♪プーナちゃんの一発、すっごいでしょー!効果はばつぐんみたいだねぇ♪ アルっちに酷いことしたお返しだよっ!もっともっと苦しんじゃえぇ!んぅ…ん…っ♪」 プーナのお尻からさらに激臭ガスが噴き出した! この世のものとは思えない程のにおいが魔物の群れを包み込む! 人喰いオオカミに3813のダメージ! 人喰いオオカミは鼻を地面に擦り付けのたうち回っている! ヘルサラマンダーに2249のダメージ! ヘルサラマンダーは仰向けに倒れてもがき苦しんでいる! アルのターン! アルは体が痺れて動けない! プーナのターン! プーナは魔物たちの方へトコトコと小走りで近付いて行くと再び背中を向けて尻尾を高く上げお尻を突き出した! 【プーナ】 「これでトドメだよぉ♪プーナちゃんの強さ、しっっっかり思い知っちゃえー! んっ…んぁぁ…っふ♪」 弱りきった魔物たちの顔面めがけて容赦なくプーナのガスがお見舞いされた! 人喰いオオカミに5874のダメージ! 人喰いオオカミは吐瀉物を噴水のようにまき散らした後動かなくなった! ヘルサラマンダーに4219のダメージ! ヘルサラマンダーはビクビクッと痙攣して棒のように硬直し動かなくなった! 魔物の群れを倒した! アルたちは524の経験値と470ゴールドを手に入れた! 【プーナ】 「えっへん♪どーだ!プーナちゃん大勝利っ♪やった、やったぁー!」 な……何が…起きたんだ……? 敵に背中を向けたプーナがあのモフモフの大っきな尻尾を旗みたいに振り上げたと思った途端、妙な音が鳴り響いて、二匹の魔物は鼻をかきむしりながら地面に倒れてのたうち回り始めた。 もがき苦しむ魔物に近寄って行ったプーナがまた尻尾を立ててお尻を突き出し、あの妙な音とともにしばらく「何か」を放出すると、やがて魔物達はピクリとも動かなくなった。 …あの難敵を、二匹まとめて……しかもかすり傷一つ負わずに圧倒した…!? プーナ、いったい何を…………うむぐっ!! 【アル】 「くっっさぁぁぁぁあああ!!は、鼻が溶けるっ、はにゃがぁっっっモゲるううぅーーーっ…!!!」 オナラ!!オナラ!!オナラ!!オナラ!!!僕の鼻を突然襲った、とんでもなく濃厚すぎるオナラ臭…!! 鼻をお尻の穴に突っ込まれでもしてるのかと錯覚してしまうほどに凄まじい濃密さの…オナラ…! 麻痺が解けると同時に肺いっぱいに吸い込んでしまったそのニオイは、実際には遠くから風に乗って漂ってきただけの微かな香りに過ぎないだろうに、それでも鼻が曲がるどころか腐ってトロけ落ちてしまいそうな猛烈さだった。 ぉ…オナラだっ…プーナはオナラしてたんだ…こんな…物凄くクサい……ぶぐえええええええ…!! プーナのあの白黒でフサフサな尻尾、あのお尻を突き出して見せつけるような攻撃ポーズ、それにこの信じられないくらい凶悪に強烈なオナラ…! 間違いない…プーナは……プーナはぁぁぁ…… 【アル】 「うぐぐぐぐっ…も…、もぉ……ダ……メ…………ぐぷぷ…」 「スカンケット」……幻の獣人とも呼ばれる、毒ガスのような猛烈に臭すぎるオナラが武器の非常にレアな種族…。 何度も何度も読み返した冒険者向けの本にあったそんな豆知識が脳裏をよぎると同時に、僕は意識が急速に遠ざかっていくのを感じた。 第一話 完