「初めまして。上紺野《かみこんの》ゆず子です。よろしくお願いします」  緊張しているのか、言い間違えないようゆっくりと話す彼女に「よろしくね」と僕も答えた。  弊社のインターンシップに参加した大学生たちの中で、僕の担当はこの上紺野ゆず子さんだ。  確か三年生なんだよね、と聞いてみると、頷いた彼女のショートボブの黒髪が揺れた。 「はい。大学三年の二十一歳です。先輩はこの会社に入ってどのくらいなんですか?」  勤続年数を答えると、彼女は「そうなんですね。落ち着いていらっしゃるので頼り甲斐があります」と言って微笑んだ。  大学生になると高校生が子供に見えるように、社会人になってみると大学生は子供っぽく見えるものだった。しかし彼女は歳の割に落ち着いているというか、しっかり自分を持っている印象だった。  将来について悩む時期だと思うし、職場体験なんて緊張するだろう。しっかりしているように見えて、もしかしたら気を張っているだけかもしれない。  「頼り甲斐があります」なんて言われるのは悪くない気分だったが、彼女が素直に不安を表に出してくれているなら、僕の方こそしっかりサポートしてあげないとな。  “わからないことがあったら何でも聞いて”と言うと、彼女は「はい。ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。  おとなしい印象だったが、決して人見知りをするわけではないようだ。緊張はしているようだが、ゆったりとした話し方、やわらかい声は聞いていてどこか和む。いい雰囲気で仕事ができそうだった。  それから二週間ほど経ち、僕たちはお互いのことを少しずつ理解しながら仕事を進めていった。 「先輩って本当に面倒見が良いですよね」  彼女はそんな風に言って笑顔を見せたが、どちらかと言えば彼女に癒されて何でもしてあげたくなっているというのが正しい。  特に特徴的なのは高過ぎないやわらかい声音で、「先輩」と間近で呼ばれたときには耳をくすぐられたのかと思うほどだった。 「先輩、ちょっとがんばり過ぎじゃありませんか? なんだかご無理をなさっているように見えます」  確かに、ここ最近はかなり忙しかった。  通常業務があまり忙しくない時期にインターンを行うはずが、例年より注文が多く入ってしまったのだ。インターンを途中で止めるか迷うほどの忙しさで、僕もあまり余裕がなかった。  大丈夫だよ、と安心させるように彼女に言ったものの、彼女の表情は曇ったままだった。  この忙しい中、自分にできることを最大限しようと彼女も頑張ってくれたし、それだけで先輩としては十分うれしかった。しかし定時が近づいても仕事は終わらず、彼女には先に帰ってもらった。  彼女は心配してくれたが、残っていたのはインターンの学生にはできない業務だったから仕方ない。むしろ協力してくれたおかげであとはこの業務だけだから、と彼女を納得させ、僕は残業に取り掛かった。  その日の帰り道、僕は一人夜の街を歩いていた。  残業続きでさすがに疲れて、今日も食事は外の店で済ませていた。このまま帰っても疲れて寝てしまうだけだろう。  最近の癒しはもっぱら彼女だった。こんなことを考えてはいけないが、年下のはずなのに、つい自然と甘えてしまいたくなるような雰囲気があった。  心配してくれているのも伝わってくるし、後輩の面倒を見なきゃと気を張っているのはむしろ僕の方なのかもしれないな、とふと思う。  彼女のいない僕にとって、そんな状態で現れた彼女に好意を抱いてしまいそうになるのは正直時間の問題だった。  だめだ。そういうことが目的でやさしくしていると思われたら、自分にとっても会社にとっても良い結果にはならない。彼女との仕事はまだ続くし、もし彼女が入社してくれたら、その後も付き合いは続くのだ。冷静にならないと。  下世話な話だが、最近忙しくて抜いている暇もなかった。  冷静に女の子と接したいなら、一旦性欲を頭から切り離した方がいいだろう。明日は休みだし……ここはひとつ、思い切り性欲を解消しておこう。そうすればきっとまた落ち着いて彼女に接することができる。  僕は他人には言えないような性癖を持っていた。  それは簡単に満たされるものではなく、想像力を最大限に発揮して自慰行為をすることで、何とか理性を保っているようなものだった。それでもたまに、どうしても我慢できないとき、そういう店に行く。  通い慣れた道を進んでその店へと辿り着き、ひとつ深呼吸して僕は入店した。 「いらっしゃいませ。いつもご利用ありがとうございます」  顔馴染みのボーイに挨拶され、僕は何となく目を泳がせながら会釈する。  ここは僕みたいな少し拗《こじ》れた性癖を持つ人間のための風俗店だ。自分一人ではどうしても解消できなくなってきたとき、たまにやって来る。  バーのカウンターのような席に腰掛けると、「お飲み物は何になさいますか」と聞かれた。「コーラで」と答え、僕は差し出されたグラスに軽く口をつける。  ついに来てしまった、制欲を満たしに来てしまったのだと自覚していくこの時間は、何度訪れてもなんとなくソワソワしてしまうものだった。 「今日はご指名はどうなさいますか?」  顔写真の載ったアルバムを見せられるが、パッと見ではピンと来る子はいなかった。特にお気に入りの子がいるわけでもなく、何となく店員のおすすめしてくれる子をいつも選んでいた。 「お迷いでしたら、最近入店した新人の子はいかがでしょう? 若い子ですが確かな技量ですでに人気の子がちょうど空いております」  新人か。向こうも慣れていない分、思い切って自分好みのことをたくさんリクエストしてやってもらうのもいいかもしれない。確かな技量だというのも気になる。  じゃあその子で、と指名し、料金を払う。  少しロビーで待ってから、ボーイに呼ばれて席を立った。 「ごゆっくりお楽しみください」  性欲が限界の状態で男に声を掛けられるというのは、何度経験しても妙な気恥ずかしさがあった。この後のことを想像して、すでに勃起もしているのもバレているんだろうなと思いつつ、店の奥に向かう。  カーテンが開き、女の子が姿を現した。 「初めまして。ゆずです♡」  ゆったりとした話し方で、どこかいつもより甘ったるさを含んだその声は、紛れもなく。  上紺野ゆず子さんだった。  部屋で二人きりになるまで、僕たちは無言だった。  混乱する僕の方へと黙って差し出された手、それを反射的に握り返してしまった僕は、こうして後輩の気になる女の子と手をつないでベッドに腰掛けていた。手汗がひどいのが丸わかりで恥ずかしい。 「……お客さんが来る前って、モニターで顔が見れるの知ってますか? 先輩」  彼女は正体を隠す気がないようだった。  僕は目を合わせることができないまま、“そうなんだ”と答える。  なぜ彼女がここに居るのか。次に会社で会ったときどんな顔をすればいいのか。そもそも今、どうしたらいいのか。混乱する僕をよそに、服を着た上からでもわかる彼女のやわらかい体がぴとりと密着してくる。パニック寸前で高鳴る心臓の音が伝わってしまうんじゃないかと、僕は気が気でなかった。 「万が一知り合いが来ても、断れるようになってるんです」  その万が一が起きてしまったわけだが……なぜ彼女は断らなかったのだろうか。 「先輩の顔が見えたとき、びっくりしましたけど……でも、どこかでこう思っちゃったんです」  彼女の唇が耳に触れ、僕はびくりと身を震わせる。 「……“やっぱり”、って♡」  吹き込まれる吐息と甘い声に、異様な興奮が僕を支配していく。 「私、なんとなくわかるんです……“そういうタイプ”の人……」  “やっぱり”。  “そういうタイプ”。 「……先輩。もし違ったら、申し訳ないんですけど……」  吹き込まれる吐息の感触が熱を持って耳孔にまとわりつく。 「……先輩は、女の人に……“精神的に、逆らえない”……そういう人じゃ、ありませんか……?」  呼吸が荒くなっていく。  いつもの彼女の声が、くすくすとからかうような笑みと、隠しようがないほどの淫らな艶を含んでいく。 「女の人に、リードされて……甘えて……可愛がられて……したいんですよね……射精♡」  彼女の口から聞いたこともない直接的な単語に、股間へと一気に血流が集まる。 「それも……こんなマニアックなお店に来るってことは……こ・こ♡」  彼女の手が、僕の胸元へと伸びる。 「……ち・く・び♡ だーい好きなんですよね♡」  ワイシャツの上から、乳首を指先でツンツンと小突かれた。  一発で当ててみせた乳首に、じんわりと快感への期待が、痺れが広がる。 「……ね、先輩。しちゃいましょうか♡」  ダメだ、後輩の女の子とこんなこと……そう思っても、彼女から吹き込まれる熱い囁きが、繋いだやわらかい手の感触が、理性を蕩《とろ》かしていく。 「もうお金も払っちゃいましたし、このまま帰っちゃうなんてこと、しませんよね……♡ ほら、せーんぱい♡ 服、脱がせますね……♡」  繋いだままの手がゆっくりと服の裾に運ばれ、彼女はクスリと笑った。 「……それとも、先輩はこういう言い方の方がお好みですか?」  彼女の唇が耳に触れ、熱い感触にビクリと身が強張る。 「……服、自分で脱いでください。肌着以外全部です♡」  僕は言われた通り服を脱いだ。上の肌着以外すべてを脱いだ、乳首責めをされるためだけの情けない格好。  そして後ろから密着する彼女の囁きの、餌食となった——。 小説ここまで