恋は夜空をわたって STUDIO koemee「聴くanime」 第三話『だましてるみたいだぞ!?』                                                     岬鷺宮 ◆登場キャラクター ヒロイン 御簾納 咲(みすの さき)・・・・・・ 花守 ゆみり 主人公 長谷川 壮一(はせがわ そういち)・・・伊藤 昌弘 主人公妹 長谷川 二胡(はせがわ にこ)・・・・岡咲 美保 ○本編半年前。春の図書室。 SE:チャイムが鳴る音と、図書委員たちのざわめき。長谷川が席を移動して、御簾納の隣に座る音。 長谷川「初めまして。君が……御簾納さんだよね?」 御簾納「はい、そうです」 SE:御簾納、手に持ってる文庫本のページをめくる音。 長谷川「同じ水曜担当になった、二年生の長谷川壮一です。よろしくね」 御簾納「……御簾納咲、一年生です。よろしくお願いします」 長谷川「俺、去年も図書委員やってて、作業は一通り知ってるからさ。わかんないことあったら聞いてよ」 御簾納「ええ、ありがとうございます」 SE:御簾納、手に持ってる文庫本のページをめくる音。 長谷川「……本、好きなんだね」 御簾納「そうですね」 長谷川「助かるよー、そういう人が来てくれるの。俺、小説のこと全然詳しくないからさあ」 ○夜、長谷川自室。 SE:ギターを弾く音と、椅子の鳴る音。 長谷川「あれから、もう半年か。まさか、こんな風になるとは思わなかったな。あいつの配信、偶然見つけて……しかも、その中で俺のこと……うおお……」 長谷川「そろそろ始まる時間だ。もう枠出来てるかな……」 SE:ギターを置きスマホをタップし、御簾納の配信を探す音。  続いて、ドアがノックされる音。 二胡「お兄、送ってくれたワンコーラス聴いたよー。入っていいー?」 長谷川「おう、いいよ」 SE:ドアが開き二胡が入ってくる音。 二胡「やーよかったよ。今までで一番好きかも。で、仮歌録るのは土日でいい?」 長谷川「そうしよう。歌詞はいつも通り、二胡が好きに書いてくれていいよ」 二胡「りょうかーい。って、お兄今週も例の配信聴くの?」 長谷川「ああ、うん。なんか気になるし。盗み聞きみたいで、申し訳ないけど……」 二胡「ふうん、気になるねえ……」 長谷川「なんだよ」 二胡「今回の曲、なーんか今までよりロマンチックだなーと思ったけど。なるほど、そういうことかあ……」 長谷川「べ、別にそうじゃねえよ!」 二胡「ふふふ、お兄も思春期ってことだね。じゃ、そんだけだから。おやすみー」 SE:二胡、部屋を出て行く音。扉が閉まる音。 長谷川「なんなんだよ、あいつ。別にそんな、曲には関係ねえのに……」 長谷川「……あ、やべ、配信始まってる!」 SE:あわてて視聴開始。御簾納の放送がONになる音(マウスをクリックして再生開始)。 御簾納「――ということで、一通目のメール行ってみましょう。ラジオネーム恋するウナギちゃんさんから。ウナギちゃん……浜松の方ですかね」 長谷川「よかった、まだメール一本目だ……」 御簾納「『こんばんはサキさん』。こんばんは。『わたしはこんなラジオネームなのですが、これまでほとんど恋をしたことがありません。いいなと思う人はいるのですが、恋愛感情とまではいかないんです。どうすれば、人を好きになることができるのでしょうか。サキさんは、どんなきっかけで今のお相手を好きになりましたか?』とのことなんですが……」 長谷川「おお! ちょうど気になってたことだ」 御簾納「あのですね、わたしが彼に恋をしたのは……うん、すごく印象的なことがあったからなんです。今でも忘れられない、ちょっと特別なことが……」 長谷川「え、特別? なんかあったっけ……?」 御簾納「あれは、初めて彼に会って、二週間後とかかな? いつもみたいに、図書委員として図書室に集まった時のことでした……」 ○半年前、図書室。御簾納の記憶。 SE:チャイムの音。ドアを開け、図書室に長谷川がやってくる音。  ここ以降御簾納の記憶の中では、長谷川はイケメンボイスでお願いします。  御簾納も普段よりもしおらしい感じで。 御簾納「あ、せ、先輩……お疲れ様です」 長谷川「うん、お疲れ、御簾納」 御簾納「今日も、よろしくお願いします。ご迷惑おかけしないように、頑張ります……」 長谷川「あはは、いいんだよ。まあリラックスして行こうぜ」 ○現在。御簾納の放送を聴く長谷川の部屋。 御簾納「わたしまだ、委員の仕事に自信もなかったし、先輩ともそんなに打ち解けてなくて。結構、緊張してたんですね……」 長谷川「いや、なんか美化されてないか!? 俺、ちょっとイケメン風じゃね!? 御簾納も妙にしおらしいし……お前、当時からつんつんしてただろ!」 御簾納「それでね、その頃わたし、読んでた本があって。海外文学の、歴史的な名作なんですけど……」 ○半年前、図書室。御簾納の記憶。 長谷川「御簾納、いつもその本読んでるよな? 面白いの?」 御簾納「ああ。これですか? そう、ですね。……面白い、ですよ……」 長谷川「へー、じゃあ僕も読んでみようかな」 御簾納「先輩も!?」 長谷川「なんかまずかった? 読まない方がいい?」 御簾納「いえ、そんなことは、ないんですが……」 ○現在。御簾納の放送を聴く長谷川の部屋。 御簾納「そんな流れで、先輩も読んでくれることになったんです。でも、実はね……わたし、その本全然楽しめてなくて。むしろ、結構苦手に思ってたんです」 長谷川「そうだったの!?」 御簾納「ただ、名作だから読まなきゃって思ってただけで。実際はかなり苦戦してて。なんだろう、分からなくちゃいけない気がしてたんです。これを理解できなきゃダメだ。センスがないってことになっちゃう、みたいな……」 長谷川「ああ……その気持ちはわかるな。俺も、無理に名曲を好きになろうとすることあるし……」 御簾納「だからね、先輩がそれを読むことになったときも、罪悪感があったんです。自分が楽しめていないものを、勧めちゃったって。しかも彼、多分頑張って読んでくれちゃうだろうし、無理に褒めたりするかもって思ったんです。優しい人ですからね、本当に……」 長谷川「そうだったんだ。全然、気付いてなかったな。てっきり、御簾納は本当に気に入ってるんだって……」 御簾納「それで、その次の週……」 ○半年前、図書室。御簾納の記憶。 長谷川「読んでみたよ、御簾納のおすすめの本」 御簾納「そうですか……。どう、でした?」 長谷川「それがさ……正直全然わからなくて、ははは」 御簾納「えっ……」 長谷川「僕には難しすぎたのかな。ごめんね、せっかく勧めてくれたのに」 御簾納「いえ、それはいいんですが……。お好きでは、なかったですか……」 長谷川「そうだな。思想性には価値を感じなくもないよ。さすが名作と言われているだけある」 SE:椅子を軋ませ足を組むような音。 長谷川「けれど、表現方法が僕に合わなかったな。露悪的に過ぎる。これでは、思想にたどり着く前に拒否感を覚える人も多いと思うよ。特に、僕らぐらいの若者であればね――」 ○現在。御簾納の放送を聴く長谷川の部屋。 御簾納「その言葉でね……うん。すごく気持ちが楽になって。名作と言われてても、合わないことはあるんだなって思えたんです。そのことを恥じなくてもいいんだって」 御簾納「先輩も、色々見抜いていたのかもしれません。わたしが楽しめてないのに気付いて、それでもいいって言ってくれたのかなって。それでね、そのとき彼が、すっと心の殻の中に入ってきた感覚があったんです。だから、うん……気付けば、好きになってました」 長谷川「ち、ちがうよ……!」 SE:椅子からガタガタ立ち上がる音。 長谷川「俺マジで、普通に読めなくて、御簾納にそれを打ちあけただけだよ! しかも結構情けない気分で! ていうか、そんなカッコいい言い方しなかっただろ! 『大事なことが書いてある気がしたけど、描写エグくて無理だった。高校生にはきついわ』とかだっただろ!」 御簾納「ということで。恋するウナギちゃんさん。あなたに必要なのも、そういう素敵な出来事な気がします。でもこればっかりは、運だから――」 長谷川「――さすがにどうなんだ!?」 SE:椅子を引いて頭を抱えるような音。 長谷川「なんか、騙してるみたいだぞ!? 俺、そんな意図なかったのに……すげえ、いい話みたいに。でも、どうやって誤解を解けば……どうやって、あいつに事実を伝えれば……」 御簾納「――みなさんも、相談ありましたら是非お送り下さい。宛先は、koiwata@fmail.com、koiwata@fmail.comです。よろしくお願いします」 長谷川「……ん? そうか、これだ! ちょっと怖いけどこれしかない!」 SE:猛然とキーボードをタイプする音。 長谷川「うん……うんうん……よし、これでOK!」 SE:エンターキーでメール送信する音。 御簾納「……あ、ちょうど今またメール来ましたね。リアルタイムで聴いてくれてるのかな、ありがとうございます。……ん? ちょっと気になる内容ですね、読んでみましょう」 御簾納「えー、ラジオネーム、ハセリバーさんより……。『サキさんの恋のきっかけの話、うらやましく聞かせてもらいました。素敵なエピソードですね』えへへ、そうでしょう? 『ただ、普段お話しされている先輩の雰囲気からすると、そこまで深く考えていない可能性もある気がしました。単に、本当にその本が苦手だったのかもなって』あはは、確かにそうですね。先輩、感覚鈍いところありますから。今考えてみると、そっちの方が説得力があるかもしれません。鋭いですね、ハセリバーさん」 長谷川「本人だからな! 俺本人だからな、ハセリバーは!」 御簾納「メールの続きです。『しかもその小説、文体に癖があって内容も暴力的、となれば、実際はその先輩、読み切ることもできなかったのではないでしょうか。つまり、サキさんが恋に落ちたのは、小さな勘違いがきっかけだったのかもなって。それはそれで素敵なことだなときゅんとしたので、思わずメール送らせていただきました』……ということなんですが、うん……」 御簾納「これ、おっしゃる通りかもしれません。わたし、高校入学してすぐで緊張してたので。優しくしてくれた先輩に、勝手に色々見いだしていたのかも……。でもね、この方も言う通り、それも良いなと思います。きっかけは勘違いでも、そのあと育った気持ちは……本物……ん……?」 長谷川「……あれ? どうした?」 御簾納「変ですね、このメール。文体に癖があって暴力的って……わたし、言いましたっけ。実際、そうだったんですけど……」 長谷川「ああ、やべえっ!」 御簾納「なんで知ってるんだろう。しかも……このラジオネーム。ハセリバー……。え……先輩!? まさか、本人ですか!?」 長谷川「しまった! 慌てて適当にやりすぎた!」 御簾納「先輩が送ってきたんですか? これ。もしかして……この放送、聴いて……」 長谷川「……くっ……」 御簾納「……なーんて、冗談です。偶然ですよね。本当に聴かれてたら、わたし生きていけないですよ。あははは。ということで、次のメール行きます」 長谷川「……はぁああぁあぁあ〜……」 SE:ため息とともに椅子に深く座る音。 長谷川「危なかった。マジで、バレたかと思った……」 SE:椅子の上に座り直す音。 長谷川「……でも、本当に大丈夫か? 配信だったからネタにしたけど、実際は疑ってたりとか……」 長谷川「頼む、気にしないでくれ……」 ○翌週の図書室。 SE:扉が開き、御簾納が図書室にやってくる音。 長谷川「おう、お疲れ、御簾納」 御簾納「お疲れ様です」 SE:御簾納がカウンターに入り、荷物を置く音。 長谷川「今日は御簾納が貸し出し、俺が返却でいくかー」 御簾納「そうですね。よろしくお願いします。……あの、先輩」 長谷川「ん? どうした?」 御簾納「前に、配信やりたいって言ってたじゃないですか? その後、どうですか? 進展ありました?」 長谷川「いや、ないな……特になんにも」 御簾納「そうなんですか。でも、誰かの配信を聞いてみたりくらいは、したんじゃないですか? 例えば……先週の水曜辺り」 長谷川「……いや、そういうのもしてないけど」 御簾納「そうですか」 長谷川「じゃあ、俺ちょっと、準備室行ってくるわ。返却ポストの本、取ってくるから」 御簾納「ええ、お願いします」 SE:長谷川が立ち上がり、準備室へ行き扉を閉める音。 長谷川「……はぁ……。(小声気味に)……疑ってるー! 完全に疑ってるー!」 SE:ED『Sigh』スタート 長谷川「しかも、おもくそ探り入れてきた。これ、多分一回じゃ終わらないよな。これからも続くよな……」 長谷川「どうするんだよ。俺はこっそりラジオ聴いてて、向こうはそれに探り入れてきて……」 長谷川「もう……これまでの関係でいられないぞ!聴いてるの、絶対隠し通さねぇと……」 終わり