恋は夜空をわたって STUDIO koemee「聴くanime」 第四話『わたしの恋愛経験ですか?』                                     岬鷺宮 ◆登場キャラクター ヒロイン 御簾納 咲(みすの さき)・・・・・・ 花守 ゆみり 主人公 長谷川 壮一(はせがわ そういち)・・・伊藤 昌弘 主人公妹 長谷川 二胡(はせがわ にこ)・・・・岡咲 美保 ○放課後の廊下 SE:二人が歩く音。 御簾納「……先輩。家ではいつも、どんな風に過ごしているんですか?」 長谷川「え、家で? ずいぶん唐突だな……」 御簾納「何か趣味はないんですか? 音楽に詳しいみたいですし、それこそ動画サイトで好きな曲を探したりとか……」 長谷川「(明らかに嘘っぽく)いやあ、ははは。そんなにはしないよ。音楽も、好きだけどただ流れてるのを聴くくらいで……」 御簾納「では、配信は? やりたいって言ってたくらいですし、見たりしないんですか……?」 長谷川「それも、そんなにじゃないな。たまに好きなYouTuberを見たりはするけど……」 御簾納「へえ。じゃあ……今夜は……特に配信を見る予定もないんですかね?」 長谷川「……なんで今夜限定なんだよ」 御簾納「な、なんとなくですよ……」 長谷川「……別に、何も見る予定はないけど」 御簾納「そうですか。……と、しまった、教室に忘れ物だ」 長谷川「あ、ああ、じゃあ俺先に帰ってるわ! それじゃあ、また来しゅ――」 御簾納「――待って下さい! せっかくなんだから途中まで一緒に帰りましょうよ!」 長谷川「ええっ!?」 御簾納「……嫌ですか?」 長谷川「……まあ、いいけど」 御簾納「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと取ってくるので、先に下駄箱で待ってて下さい!」 長谷川「おう……」 SE:御簾納が小走りに教室に向かう音。続いて、長谷川が昇降口に歩き出す音。 長谷川「……はぁああ……(深いため息)」 長谷川「めちゃくちゃ探りに来てる! 御簾納、俺が配信聞いてないか、あからさまに探りに来てるじゃねえか……!」 長谷川「これ、どうやってかわせばいいんだ? 難易度高すぎんだろ。ただでさえ好かれるなんて初めてだし。誰かと付き合った経験もねえのに……」 長谷川「はぁ……(浅めのため息)。……御簾納はどうなんだろうな」 SE:昇降口につき、足音が止まる。 長谷川「御簾納は、結構恋愛経験あんのかな。……まあ、あるだろうな。一部のやつにモテそうだし、彼氏の一人や二人は多分。でも、相手はどんな感じだろ……文学少年、生徒会長系優等生……意外と、不良とか? だからこんなに、ズバズバ切り込んで――」 御簾納「――どうでしょうね」 長谷川「うわあっ!」 御簾納「ちょ、声大きい。そんなに驚かなくてもいいじゃないですか……」 長谷川「いや、いつの間に後ろに立ってたんだよ! もう荷物取ってきたのかよ!?」 御簾納「ええ、待たせちゃ悪いんで、可及的速やかに行ってきました」 長谷川「そこまでしなくても。ていうか、聞こえてた? 俺のひとりごと……」 御簾納「ええ。かすかにでしたが。わたしの恋愛経験がうんぬん、みたいなのが」 長谷川「そ、そうか。まあ行くか……」 SE:歩き出し、下駄箱で靴を履き替え外に歩き出す音。しばし歩く経過を挟んで。 御簾納「で。なんで急に、わたしの経験を気にしはじめたんですか?」 長谷川「……いやあ、その」 御簾納「なにか、理由があるんですか? これまでそんな話、したこともないのに」 長谷川「あー、えっと……妹! 妹がさ、最近優しい男子より危険な匂いの男子に惹かれる、みたいなこと言ってて。兄としては心配なんだけど、みんなどんなもんなんだろって思って……」 御簾納「……ふうん」 長谷川「で……実際の所、どうなんだよ? 彼氏とか、いたことあんの? これまで、どんなやつ好きになってきたんだよ?」 御簾納「……さあ、どうでしょうね?」 長谷川「教えてくれねえのか……」 御簾納「企業秘密です。先輩こそ、わたしになんか隠し事してたりしません?」 長谷川「してねえよ! ていうか、俺の家こっちの方だ。御簾納は、二丁目だからそっちだよな」 御簾納「ええ、そうですね」 長谷川「だからもう、今日はここまで! また来週な!」 御簾納「そうですか。もうちょっと、色々聞きたかったんですが……」 長谷川「それはまたそのときで! じゃあな! 気を付けて!」 御簾納「……ええ、さよなら」 SE:長谷川、御簾納と離れて一人歩き出す音。 長谷川「……あぶねー。これ以上聞かれたらボロ出しそうだった。逃げれて良かった。けど……結局どうなんだろ。あいつ、どんな恋愛してきたんだろ……」 長谷川「相手、すげえやつだったりして。めちゃくちゃ頭良いとか、実は陽キャとか……。だとしたら、なんだろ。なんか、負けた感あるな。勝ち負けとかないんだけど、なんか……」 ○夜の長谷川自室。すでに始まっている御簾納の放送を聴いている。 御簾納「――ということで、ラジオネームいつかちゃんさん、メールありがとうございました。そのお友達とね、また元の関係に戻れること、わたしも祈っています」 長谷川「……ふん。放送はいつも通りなんだな。休止とか、しちゃうかなって思ってたけど、俺のことあんまり触れないくらいか。……まあ、こっちもこっちで、結局聞いちゃってるんだけど」 御簾納「むずかしいですよね。告白されて断ったあと、友達でいるなんて。それこそ、結構な経験が必要になりそうです。試行錯誤するしかないかなと思います」 御簾納「……そうだ。経験と言えば、それに関するメールも来ていまして。うん、これですね。恥ずかしいので匿名希望。十九歳男性の方から。『サキさんこんばんは。いつも放送楽しく聴かせていただいてます』ありがとうございます。『さて、自分は今、大学の同級生に片思いをしているのですが、先日その子の元カレが、現在国内トップの大学に通っていると知りました。情けないことなのですが、それでかなり動揺してしまったんです』」 長谷川「お、おお。タイムリーな話題。御簾納、もしかしてわざとこれ選んだのか……?」 御簾納「『もちろん、それ自体が悪いことではありません。ただ、自分がその人に比べて劣る部分があるのが、どうしても気になってしまうんです。サキさんは、片思い相手の過去の恋人が気になったりしますか? それがすごい人だったりした場合、どのように捉えるのがいいでしょう?』というメールですね。匿名希望さん、ありがとうございます」 長谷川「んー、わかる。その人と自分を比べて凹んじゃいそうだよな」 御簾納「えっと、これなんですけど。わたし、割とはっきり考えがあって……むしろ、素敵な人と付き合っていたことが、相手の魅力に繋がってると思うんです。過去の恋愛を含めての、今のその人だと思うので。元カレ元カノが、今の相手を作ってくれているというか。だから……うん、むしろ感謝したいって、思うんですね」 長谷川「おお、すげえ前向きな考えだな」 御簾納「実際わたし自身も、これまでの恋に大きな影響を受けましたから。小学校から今まで、数え切れないほどの恋をして……」 長谷川「か、数え切れないほど!?」 御簾納「素敵な男性が沢山いました。実を言うと、ちょっと危ない男性と恋をしたこともあります。苦い恋も味わいました。でも……そういう経験も、今のわたしを作ったって思うんです」 長谷川「……マジかよ。危ない男性、苦い恋。マジか……」 御簾納「印象的な相手で言うと……例えば、大庭葉蔵くんですね」 長谷川「名前まで言うの!?」 御簾納「大庭くんは、精神的に脆いところのある男の子で……恥の多い生涯を送ってきたって、よく言ってました。でもその脆さが、自分とも重なって感じられるところがあったんです。中学の頃は、ずいぶん彼に夢中でした」 長谷川「中学……まあ、影のあるやつに惹かれたりする時期か」 御簾納「他にも夢中だったのは、佐助くんですね」 長谷川「佐助!? 下の名前呼び!?」 御簾納「生真面目そうで、一途で……ただその奥に、ストイックな色気を感じたんです。あとは、ちょっと変態っぽいところもあって、ずいぶんドキドキさせられました……」 長谷川「変態!? 大丈夫なのかよそれ!」 御簾納「最近では、ベルナール・リウーくんにも、ずいぶんと心動かされました」 長谷川「今度は外国の人?」 御簾納「彼の魅力は、やっぱり大きな困難に立ち向かったことですよね。具体的には、ペストの大流行に。当時のわたしは受験戦争の真っ只中で。だからあんなに、共感したんだろうなと思います。本当に、強い感銘を受けました……」 長谷川「え、ペストの大流行? 受験当時ってことは、去年あったのか? 全然知らなかった……。ていうか、なんか全体的におかしい気が……」 御簾納「……ということで、あはは。すいません、もうお気づきですかね。今挙げたのは、全部物語の登場人物です。わたしはそんな風に、沢山のキャラに恋して、影響を受けてきたんです。ごめんね。皆、途中で気付いたかな?」 長谷川「……物語かよ! キャラの話かよ!」 御簾納「逆に、現実の人にはほとんど恋したことないんですよね。はっきり言えるのは、今の彼くらいで――」 SE:放送フェードアウト。長谷川が椅子にどかっと腰を下ろす音。 長谷川「なんだよー、マジでびびった。本当に、元カレやべーやつばっかかよって……」 長谷川「でも……ふふ、ふははは! よかった、俺、負けたわけじゃねえぞ! これで勝負はイーブン! お互い経験不足からの探り合いだ! これで安心して寝られるぜ!」 SE:意気揚々とベッドに潜り込む音 長谷川「……ん? なんで俺、こんなに安心してるんだ?」 ○翌朝、長谷川家の朝食。 SE:食事の音、テレビから流れるニュースの音。 二胡「ねえ、お兄? 例の曲。仮歌録ったの、聴き直してたんだけどさ」 長谷川「ん? おう」 二胡「やっぱりすごくいいよ。あれ、今度こそネットに出してみようよ」 長谷川「うーん。いや、やっぱりやめとくよ。何言われるかわかんねえし、ネットの反応怖いし……」 二胡「えー! いつもそうやって逃げるー! すごく良い曲だもん! きっと沢山聴いてもらえるよ! アップしようよー……」 長谷川「また今度な。ちょっと今色々あって、あんま考える余裕もないんだ……」 二胡「……ほう。お兄に色々、ねぇ……」 SE:ED『Sigh』スタート 二胡「これはもしかして……そろそろ、わたしの出番かな……!」 終わり