恋は夜空をわたって STUDIO koemee「聴くanime」 第八話『恋はわからないものですね』                                                  岬鷺宮 ◆登場キャラクター ヒロイン 御簾納 咲(みすの さき)・・・・・・ 花守 ゆみり 主人公 長谷川 壮一(はせがわ そういち)・・・伊藤 昌弘 ○御簾納家。御簾納の部屋。 SE: 御簾納、放送の準備をする音。 御簾納「……ふう。出来た……」 御簾納「待機……二百人……」 御簾納「これで、最後か……」 御簾納「マイクOK、ヘッドフォンOK、アプリOK、お茶OK。     んん……(咳払い)。喉もOK。……よし、やろう」 SE:放送開始ボタンをクリックする音。 御簾納「……えーこんばんは。声、聞こえてますか? 音量バランスどうかな。大丈夫……そうですね。おかしかったらまた教えて下さい。ということで、恋はわからないものですね。こんばんは、サキです。今日もいつもどおり、放送したいと思うんですけど……。うん……」 御簾納「ちょっと……今回はね、わたしの話を聞いて欲しくて……」 御簾納「ああ、ごめんなさい。心配させて……」 御簾納「えっとね……先輩と、離れることにしました。そう、例の、わたしの好きな先輩。図書委員の担当曜日も、変えてもらうことになりました。だから、おしまいですね。この恋は、もうおしまいだと思います。そう、ごめんね、突然で……」 御簾納「……んー……理由かあ……」 御簾納「あのね……勝手にわたしが舞い上がってたんです。最近、ちょっと楽しそうだったでしょう? 先輩と距離が近づいて、休みの日にも会ったりして。向こうにとっても……特別になれたのかなって。文句も言いましたけど、それだって、結局期待をしてたからですし……」 御簾納「でもね、先輩は、どうでもよかったみたいです。そんなに、わたしのこと特別でもなかったみたい。それがね、どうしてもショックだったんです」 御簾納「あはは……向こうからすれば、迷惑だったでしょうね。勝手に勘違いされて、しつこく言い寄られて。多分、わたしが間違ってたんだと思います」 御簾納「前に話しましたよね? 人と接するのが怖いから、ラジオを始めたって。薄皮を隔てて、人に接する練習をしたいんだって。それで、そんな毎日を続けるうちに変化も起きて。最近は殻を出たいと思うようになった。先輩に触れたいと思うようになった……」 御簾納「……それが間違いだったんだと思います」 御簾納「やっぱりわたしには、誰かに接する資格がなかった。ずっと殻の中にいればよかったんでしょうね」 御簾納「だから、ごめんなさい。今日でこのラジオは、おしまいにしようと思います」 御簾納「……みんなが、そんなに言ってくれるとは思ってませんでした。……でも、うん。もうやる理由がなくなりましたから。やっぱり閉じこもってる方がいいなかって思うから。終わりです」 御簾納「だから、今日は色々振り返ろうと思います。これまで放送で話してきたことや、もらった相談のこと――」 SE:御簾納のスマホに着信(バイブ音) 御簾納「わ……! ちょっと、ごめんなさい……」 SE:スマホを手に取り確認する音。 御簾納「えっ……なんで……」 御簾納「いえ、すいません。なんでもないです……。急に電話が来て……」 御簾納「……うん、先輩からです」 御簾納「いや、出ないですよ。放送中ですし、今さら話すこともないですし……。強がってないですって。その方が、お互いにとっていいんですよ……」 SE:スマホが鳴り続ける音。パソコンにメールが来た通知音。 御簾納「メ、メールだ! 先輩からの……。しかも……番組アドレスに! え、聴いてるんですか!? やっぱりこのラジオ、先輩も知って……。うわ、どうしよう。うわあ……。わ、わかりました。ちょっとだけ、読みます……。え、何? 添付ファイル……。えっと……。……話がしたいって、言ってます。電話繋げて、番組で話したいって……。ええ……。どうしよう、そんな、急に……。もう、頭ぐちゃぐちゃなのに……」 御簾納「……話した方が、いいですか? 今から、放送で? 先輩と?」 御簾納「……えー……。うーん……。んん……」 SE:御簾納、深呼吸。 御簾納「……分かりました。話します。どうなるかわからないですけど……話します。ちょっと待って下さい、通話繋げるので……。……できました。……あの、もしもし……」 SE:電話繋がり、長谷川が出る音。 長谷川「……もしもし」 御簾納「……はい」 長谷川「えっと……俺だよ、急にごめん……」 御簾納「……なんですか、なんの用ですか……」 長谷川「あの、話したいことが、色々あるんだけど……まずは放送聴いてるの、隠しててごめん。しばらく前に見つけて……言い出せなかった。本当に申し訳ない!」 御簾納「……まあ、薄々勘づいてましたけど。そうかなって思ってましたけど。でも……やっぱりショックですね。はっきり言われると。わたしも先輩のこと勝手に話してたわけで、あまり文句は言えませんが……」 長谷川「だとしても、盗み聞きはよくなかったよ。あと、こんな風に放送に乱入したのも申し訳ない。リスナーの皆さんにも、勝手なことしてすみませんでした……」 御簾納「……それは、そうですね。コメント見る限り……皆怒ってはいないですけど。ちょっと強引すぎです……」 長谷川「だよな……。でも、今しかないと思ったんだ。こうしないと、俺の気持ちは伝わらないって」 御簾納「俺の気持ち、ですか……」 長谷川「お願いがあるんだ。もう一度……水曜担当に戻ってきて欲しい。俺とまた、一緒に図書委員をやってほしいんだよ」 御簾納「……無理ですよ。放送、聴いてたでしょう? わたしが、人に関わろうとすることが間違いだったんですよ。これからも、殻に籠もっている方がいいんです、わたしは……」 長谷川「そんなこと、ないと思うんだ。御簾納が籠もってるべきなんて、そんなはず絶対にない。だって……俺は楽しかったんだ。御簾納と一緒にいられて、幸せだった。あの時間が、本当に大切で……」 御簾納「……嘘でしょう。口ではいくらでも、そんなこと言えます。先生辺りに、仲直りしろって言われただけでは?」 長谷川「……だよな。説得力ないよな。確かに、口で言うだけじゃ無責任だ。だから……俺も御簾納に、秘密を明かそうと思う。もう、隠すのをやめて……一歩踏み出すところを、見せようと思う」 御簾納「……なんの話ですか?」 長谷川「メールに、曲のファイルが添付されてただろ?」 御簾納「ええ、なにかありましたね……」 長谷川「あれ……俺と妹がやってる音楽ユニットの曲なんだ。実は、これまでも何曲か作ってて……」 御簾納「そう、なんですか。全然、知らなかったです……」 長谷川「そりゃそうだよな。隠してたんだから。ほら、一度家に来るのを断っただろ? あれも、機材があるのを見られたくなかったからで……。俺、怖かったんだよ。音楽が好きで、良い曲も作れてる自信があって。妹にもずっとほめられてたんだ。早くネットに上げた方がいい、きっと評価されるって。だけど、誰かに聴かれるのが怖かった。俺の大事な曲を、評価されるのが……」 御簾納「なるほど……」 長谷川「でも――今、聴いてもらいたいと思ってる。送った曲は、俺たち自身のことを題材にしたんだ。それを、御簾納に聴いてもらいたい。俺がどんな風に思ってるのか知ってほしいんだ」 御簾納「そう……ですか」 御簾納「(深呼吸してから)……わかりました。ひとまず、聴いてみます……」 御簾納「今ここで、かけていいんですね? 放送に乗せていいんですね? 三百人くらい、視聴者もいますが」 長谷川「ああ、それで頼むよ……」 御簾納「……わかりました。じゃあ、流します。 先輩と、妹さんのオリジナルソング。タイトルは……『Sigh』」 SE:『Sigh』フルコーラススタート。  ワンコーラス終わって御簾納話し出し。(以降、BGMとして『Sigh』が流れ続ける) 御簾納「えっと……これ、先輩が作ったんですか? プロの曲とかじゃなくて、先輩が……?」 長谷川「うん、そうだよ……」 御簾納「すごい……。それに……歌詞。これ、図書館に行った日の……」 長谷川「そう、あの日のことを題材に書いてみた……。あーくそ、手がめちゃくちゃ震えるよ。こえーな、やっぱり曲、表に出すの……」 御簾納「いや、これ……すごいですよ。どうして、もっと早く世に出さなかったんですか。放送のコメント欄も、皆驚いてますよ……」 長谷川「……そっか、よかった。……あのさ、こうしていければって、思うんだ」 御簾納「……こうして?」 長谷川「確かに、殻から出るのは怖いよな……。現に俺も、今こんなに怖いんだ。傷つくことも沢山あると思うよ。今回は、たまたま褒めてもらえたけど……そんなのは偶然だ。本当は、失敗の方が多いんじゃないかって思う。だけど……御簾納がいたから、踏み出せたんだ」 長谷川「傷つくとしても、失敗するとしても……二人で殻を出れば、助け合えると思う。だから……もう一度、俺と話して欲しい。いつかみたいに、下駄箱で待ってるから……。もう一度、チャンスが欲しい」 御簾納「……そうですか」 御簾納「(決心する間を空けて)……わかりました。話します。明日、一度だけ話しましょう。先の事は、それから考えます……」 長谷川「……ありがとう」 御簾納「いえ……こっちこそ、ありがとうございます。曲も、すごくよかったです。……それから、リスナーの皆さんごめんなさい。個人的なやりとりを聴かせてしまって……。ここまで来たら、きちんと報告するので。先輩と話してどうなったか、お話しさせてもらうので。来週また、お会いしましょう……」 SE:BGの『Sigh』フェードアウト ○週明けの学校。下駄箱にて。 SE:待っている長谷川の所に御簾納が来る足音。 長谷川「……よう」 御簾納「すいません、お待たせしました……」 長谷川「いや、いいんだよ。来てくれてうれしい……」 御簾納「そうですか……。行きましょう」 SE:靴を履き替え、歩き出す音。しばし歩いてから。 長谷川「……それで、その。話したいことがあって。まずは、ちゃんと謝りたい――」 御簾納「――先輩」 長谷川「……ん?」 御簾納「わたしから、言ってもいいですか? わたし、自分の意思で殻をやぶりたいです。わたしが先に、話してもいいですか?」 長谷川「……わかった」 御簾納「……好きです。先輩のこと」 長谷川「……うん」 御簾納「出会ってしばらくした頃から、好きでした。最近は色々ありましたけど、やっぱり今も好きです」 長谷川「……そっか」   SE:しばし沈黙。足音だけ響いてから。 長谷川「……え、それだけ?」 御簾納「ええ、以上です」 長谷川「その……もっとないの? 付き合いたいとか、こっちの気持ちを知りたいとか……」 御簾納「ないです。強いて言うなら、これからも放送聴いて下さい、というくらいです」 長谷川「……どうして?」 御簾納「……きっと、付き合ってくれるでしょう? わたしが望めば、先輩はOKしてくれる。彼氏彼女の関係になってくれる。優しいですからね、先輩は……。……でも、本当は今はまだ、『特別で大切』なだけなんだと思います。わたしのことが気になってはいるけど、それが恋だとは言い切れない」 長谷川「……そう、かな」 御簾納「だから……」 SE:御簾納、足を止め長谷川を見る。 御簾納「このままでいましょう。それでもいつか……先輩に『好きだ』って言わせますから。『付き合って欲しい』って言わせますから。そのときまで……こんな関係のわたしたちでいましょう」 長谷川「……ふふ、あはははは。……そっか。うん、わかった。そうだな、そうしよう。このままでいようか……。それが、御簾納らしい気がするよ」 御簾納「ええ。このまま付き合い出すなんて、なんだか負けたみたいで悔しいですし……」 長谷川「勝ち負けじゃないだろ。……気持ちは分かるけどさ」 御簾納「ただ……覚えておいて欲しいんですけど。今も、結構強がってますから。必死に我慢してこう言ってるんですから。……なるべく早めに、好きになってもらえると助かります」 長谷川「……わかったよ」 SE:二人で歩き出す音 長谷川「……しかし、こんな風になるなんてな。あの御簾納と、こんな関係になるなんて……」 御簾納「まったくです。……本当に、恋はわからないものですね」 SE:ED『Sigh』スタート。 〇御簾納の放送 御簾納「――ということで、先輩とは仲直りできました……。応援してくれた皆さん、ありがとう。お騒がせしました。でもね……これはゴールじゃなくてはじまりなので。これから嬉しいことも、大変なこともたくさんあると思うので。この放送は続けたいと思います。是非、また来て下さい。一緒に恋の話をしましょう」 御簾納「それでは、『恋は夜空をわたって』、今週はここまで。また来週お会いしましょう。じゃあね、おやすみなさい」 終わり