「新品のパートナーロイドを? 僕に?」 「売れ残りの旧型だけどな。一人暮らしでPRがいるとマジで便利だぞ」  突然やってきた叔父さんのその言葉に、僕は目をしばたたかせた。  パートナーロイド、通称PR。僕が生まれる少し前から本格的に一般に普及しだした、生活全般のサポートをしてくれるアンドロイドである。炊事洗濯掃除などの家事全般や、日常生活のサポートをしてくれるお手伝いロボットだ。古い漫画とかだと「メイドロボット」とか呼ばれてるやつだが、PRは男性型も女性型もあるので「パートナーロイド」という性別を限定しない名称になっている。  実家にも物心ついたときから「ミヨコさん」という女性型PRがいて、僕も散々お世話になった。ミヨコさんは僕にとって第二の母親みたいな存在で、大学に入って親元を離れて一人暮らしをするにあたって何が一番不安だったって、ミヨコさんが居ないことである。大学の学費を払ってしまうと我が家には僕に新品のPRを買い与えるほどの経済的な余裕はなく、両親もミヨコさんを手放せず、僕は完全な一人暮らしを余儀なくされたわけだが……。  大学生活、一人暮らしが始まってひと月。案の定、ミヨコさんのサポートを失った僕の生活態度は堕落の一途を辿っていた。  そんなところへ、突然母さんの弟であるこの叔父がやってきたわけである。 「そりゃ、ありがたいけど……どうして急に?」 「姉さんから、やっぱりアキラが心配だからPRを用立ててやりたいんだけど安く手に入れる方法ないかって相談されてな。ちょっとばかり伝手があったんで、お前の意向を聞きにきたわけだ」 「母さん……」  それなら最初からそうしてくれればいいのに。僕は溜息をつく。 「伝手って?」 「知り合いにPRの販売代理店やってる奴がいてな。売れなくて倉庫で埃被ってる旧型が一台あって、引き取り手を探してるんだと。お前さえ良ければ明日にでも持って来させるぞ。代金は姉さん持ちだからお前は心配しなくていい」 「うおおあああ、叔父さん、ありがとう! もー、ミヨコさんのありがたみをこのひと月思い知るばかりでさ……」 「はっはっは、感謝するにはまだ早いぞ我が甥っ子よ」  何の仕事をしてるかよくわからない風来坊の叔父は、ニヤリと笑って僕に囁いた。 「こいつはお前の両親には内緒だが……タイプSだ」 「………………マジで?」  僕は思わず、ごくりと唾を飲んだ。  パートナーロイドには、日常生活のサポートだけでなく、セックスの相手をしてくれるセクサロイドタイプ――通称「タイプS」が存在する、ということは僕も知っている。ミヨコさんはそのタイプではなかったし(タイプSは基本的に独身者用だから当たり前だ)、街にPRを連れ歩く人は多いけどタイプSか否かパッと見で見分けがつくわけでもないので、僕にとってタイプSのPRというのはネット上の情報でしか知らない存在であった。 「た、タイプSのPRって高価いんじゃないの?」 「旧型の売れ残りだからな。向こうも投げ売りワゴンセール価格なんだよ。だからもちろん、最新型に比べると性能は見劣りする。でも、お前んちのミヨコさんだったか? 基本スペックはあれと変わらんから、PRとしては充分だろう」  そういえば、ミヨコさんは僕が物心ついたときから家にいたから、製造から15年は経っているはずだ。それでもミヨコさんの性能に不満を感じたことはない。あれで旧型なら、最新型はどれだけ凄いんだ?  気にはなるけども、ミヨコさんと同程度の性能なら何の文句もない。 「……まあ、タイプSとしては若干ピーキーな型なんで、あまり過度な期待はするなよ?」 「ピーキーって? なに? ……ゴリゴリのデブ専の人用とか?」  うまい話には罠がある。ぐっと僕の中の警戒心が高まった。そりゃそうだ、いくらなんでも美味しい話すぎる。タイプSのPRは利用者の性的嗜好に合わせていろんな型があるという話は聞いたことがある。ものすごく太った型とか、四肢のどこかがわざと欠損してる型とか、老婆型とか……。 「いや、そのレベルは普通オーダーメイドだからな」 「……だよね」ほっと一息。 「見た目は普通の、お前と同年代の女性型だ。黒髪ロング前髪ぱっつんの清楚タイプ。身長160cm。ほれ、この子だ」  叔父さんがスマホの画面に写真を出した。  眠るように目を閉じた、美しいメイド服姿の少女が映っている。僕は食い入るようにその画面を見つめた。首元にあるPRであることを示すラインがなければ、人間にしか見えない。  ……か、かわいい。この子がウチに来るの? セクサロイドとして? マジで? 「ちょっと待って叔父さん」 「どうした? 不満か?」 「なんで僕の好みのど真ん中ストライクなの」 「そりゃ何よりだ」  叔父さんは呵々と笑う。こんなの期待するなという方が無理だ。  しかし、こんな普通に売れそうな外見で、なんで売れ残るのだろう? 「じゃあ、何がピーキーなのさ。この見た目なら多少のことは我慢するけど」 「うーん、実物が届いてからでもいいんだが……そこまで食いつかれてお前の期待を極端に裏切ったりしたら申し訳ないな」  叔父さんは頭を掻き、「まあ、何が問題かってーとな……」と続けた。       ◇ ◆ ◇  翌日の夕方。 「ホントに届いたよ……」  昨日、叔父さんのスマホの画面で見た黒髪のメイド服の少女が、僕の部屋の中にいた。  届いた巨大なダンボール箱を、指示に従って開くと、箱の中にはメイド服姿で体育座りしたこの子が入っていた。替えの服やメンテナンス用品、充電パックなどの付属品を取りだして、長い黒髪をかき上げると、首の裏に設定および充電用のコネクタがある。このへんはミヨコさんが充電している姿などで勝手はある程度わかっていた。  付属のケーブルでスマホを繋ぐと、そのまま初期設定画面がスタートする。 《本製品はUNDO社製パートナーロイド・タイプS-12型、シリアルナンバー773となります。マスターの個人情報を登録します。……ユーザー名は仲上アキラ様でよろしいでしょうか?》 「は、はい、オッケーです」  ちょっと緊張する。画面の指示に従い、初期設定を進めていく。 《本製品の固有名称を設定してください。特に指定がなければ、「ナナミ」とします》 「じゃ、じゃあナナミでいいです」  ゲームで主人公の名前を考えるのがいつも苦手なので、デフォルトネームがあるのは助かる。しかしシリアルナンバー773だからナナミって安直だなと思ったけど、ミヨコさんも345番だったのか……。 《マスターへの基本呼称を設定してください。随時、変更も可能です》  画面に色々な呼び方の選択肢が表示される。「アキラ様」「ご主人様」「マスター」あたりはわかる、「アキラくん」「アキラさん」あたりもいいだろう、しかし「お兄ちゃん」とか「お父様」とか「お前」とか「少年」とか、なんかニーズの偏りを感じさせるな……。  どうしよう。……このメイド服姿を見ていると、やっぱり「ご主人様」って呼ばれたい気がする。慣れなかったら変えよう。「ご主人様」で。 《マスターへの基本態度を設定してください》  縦軸が「従順――反抗」、横軸が「好意――冷淡」というマトリクス図。好意で反抗にするとツンデレになるのか? しかし――叔父さんの話だと、確かこの子が売れ残った原因というのが……。  画面をスクロールすると、「態度変化」の設定項目の下に、その注意書きがあった。 《本製品は感情抑制型のため、設定にかかわらず感情表現は希薄となっております》  ――そう、これがこの子が売れ残って僕の家に来ることになった原因らしい。 『これ、いわゆる敢えて感情表現を抑制した無感情タイプなんだよ。もちろんタイプSとしてもだ。だから、セクサロイドとしてもダメなやつは全然ダメなんだよな、ただのマグロで萎えるって。そーゆーのがいいって需要は一定数あるんだが、知り合いの代理店の客層にはそーゆー好みのユーザーがいなかったらしくてずっと売れ残ってたってわけだ』  僕はひとつ息を吐いて、態度設定画面に戻り、初期設定を決める。  そうして設定を進めていくと――最後に、セクサロイドとしての設定項目がある。 《タイプSはマスターの反応を学習して成長します》  その文章とともに、「性知識」「羞恥心」などの初期設定項目がある。ここまで設定できるのか……。なんか性癖を暴露しているような気恥ずかしさを覚えたが、どうせ僕専用のPRなのだ。開き直って、ひとつずつ僕好みに設定していく。  そうして、全ての設定が完了して、首のコネクタからケーブルを抜き、最後にスマホで「完了」のボタンを押すと。  ――彼女は目を開けて、ゆっくりと立ち上がった。  そして、僕に向き直り、ぺこりと行儀良く一礼する。  長い黒髪が、さらりと揺れた。メイド服の白いエプロンと、ロングスカートの裾がひらりと揺れる。 「はじめまして、ご主人様。パートナーロイド、ナナミと申します。今日よりご主人様の身の回りのお世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」  感情のこもらない、どこか無機質な声と無表情のまま、彼女はそう名乗った。       ◇ ◆ ◇  パートナーロイドにはミヨコさんで慣れているつもりだったけれど、実家のミヨコさんは家族全員のPRだったから、僕ひとりにかかりきりだったわけではないし、ミヨコさんの見た目はもっと年上だった。一人暮らしの僕の部屋で、僕と外見年齢の変わらないメイド服の少女がいるのとは話が違う。しかもその外見が僕の好みのど真ん中ストライクで――しかも僕専用のセクサロイドなのだ。落ち着けという方が無理である。  その少女――ナナミは今、台所で夕飯を作ってくれている。 「なっ、何か手伝おうか、ナナミ、さん」 「ナナミで構いません、ご主人様。どうぞお気遣いなく」 「う、うん……な、ナナミ」 「はい、どうぞ私にはお構いなく、お夕飯が出来るまでおくつろぎください、ご主人様」 「あ、うん……了解」  そうは言っても、やはりそわそわしてしまうし、どう接したものかと考えてしまう。  初期設定では自分の好みに合わせたパラメータにしたわけだけれど、それが本当に反映されているのかどうか……。彼女がタイプSのPRだと解っていても、いきなりそれを確かめにちょっかいを出すのは気が引けてしまう。設定がうまくいっていなかったらただのセクハラご主人様だ。  だいたい、起動してすぐそっちを要求するのはがっつきすぎだろう。落ち着け、落ち着け……。 「ご主人様、お夕飯です」 「あ、ありがとう」  一人暮らし開始ひと月で既に自炊に挫折した僕だが、挫折前に買った食材がまだ冷蔵庫に残っていた。ナナミがそれで作ってくれた夕飯は、なるほど僕の自炊などよりずっと美味しかった。うう、これがパートナーロイド……。ミヨコさんで解っていたけど、偉大な発明だ……。  もちろんナナミは食べないので、テーブルで僕がひとりで食べていると、台所の片付けを終えたナナミがテーブルを挟んで僕の前に立った。好みのどストライクな顔に人形のような無表情で見つめられ、僕はどぎまぎする。 「ご主人様、次は何をいたしましょう?」 「え? あ、えーと……」 「ご入浴なされるのでしたら、お風呂の用意をいたしますが」 「あー……じゃあそれで」 「かしこまりました」  ナナミはメイド服姿のまま浴室の方へ姿を消す。ほどなく、風呂掃除をしているらしい音が聞こえてきた。ああ、風呂掃除までしてくれるのだ……。これまた一ヶ月で既に面倒臭くなっていて、ここ一週間はシャワーばかりで済ませている僕である。ああ、なんてありがたい……。  そうして僕が夕飯を食べ終える頃には、ナナミは風呂掃除を終えて戻って来た。 「ごちそうさま。……美味しかったよ」 「恐縮です」  言い添えた言葉に喜んでくれているのかどうかも、その無表情と無感情な声音からはよくわからない。  ナナミが洗い物を片付けてくれているうちに、風呂が沸いたというアラームが鳴る。ああ、なんでもやってくれる人がいるって素晴らしい。 「じゃあ、僕は風呂入ってくる、けど」 「はい、どうぞごゆっくり」  浴室の方に向かいかけて、僕は台所のナナミに声を掛ける。洗い物の手を止めて振り向き、無表情にそう答えたナナミに、僕はひとつ唾を飲みこんだ。  ……試してみるか? さっきの初期設定が、実際どんな感じで反映されているのか……。  ベッドで確かめるのは、あからさますぎて気恥ずかしいし……。 「……ええと、ナナミ」 「はい、なんでしょう」 「その洗い物が終わったら……せ、背中流して、くれないかな」 「かしこまりました」  当たり前だけど、超あっさりOKが出てしまった。  僕はどぎまぎしながら服を脱いで、ナナミが掃除してくれた湯船に浸かる。大して広くもない浴室だけど、ちょうどいい湯加減で、誰かが用意してくれた風呂の心地よさを味わいつつ、僕は何度も唾を飲んでナナミが来るのを待った。  ――そして、数分後。くもりガラスの向こうに、人影が現れる。  その人影は……明らかに、着ているものを脱ぎ去る動きをしていた。  僕は息を呑んでそれを見つめ……そして。 「ご主人様。お背中をお流しに参りました。お邪魔してよろしいでしょうか」 「はっ――はい」  声が上ずってしまった。「失礼いたします」との声とともに、浴室のドアが開く。  現れたのは、タオル一枚も身につけない、完全な裸身のナナミだった。  パートナーロイドの姿が限りなく人間そっくりであることは解っている。  セクサロイドであるタイプSは、そっちの方の再現度もしっかりしていると、話には聞いていた。  いや、僕は童貞なので、本物の生身の女体と比べることなんてできないけども……。 『あ、あと胸は普通だ。下はパイパンだけどいいか?』 『いいです』  ――叔父さんとの昨日の会話が頭をよぎった。その通りだった。  大きすぎず小さすぎず、形のいい胸と、その先端にある桜色の綺麗な突起も。  綺麗な無毛の下腹部の、割れ目の先っちょも。  ナナミは何ひとつ隠すことなく、無表情のまま、浴室の入口に立っていた。  その美しい裸身に――僕は見惚れてしまう。  湯船の中で、反射的に欲望が硬く張り詰めてしまう。  そんな僕の、食い入るような視線を受けて。  ――ナナミは、無表情のままに小首を傾げた。 「いかがなさいましたか? ご主人様。私の身体に、何かおかしな点がありましたでしょうか?」 「……い、いや、綺麗だな、と思って」 「そうですか。ご主人様にお褒めにあずかり、光栄です」 「も……もう少し、そのままそこに立ってて……見てても、いい?」 「はい、どうぞご自由に」  ナナミは浴室のドアを閉めると、下腹部の前で手を重ねて立った。ああ、下腹部が……おまんこが手で隠れてしまう……。 「な、ナナミ。ちょっと手、もう少し上げて……」 「こうですか?」 「そ、そう。……うん、そのまま」  お腹の前で手を組んでもらう。ああ……これ、夢じゃなかろうか。  僕の好みど真ん中ストライクの女の子が、何の羞恥心もなく僕の前に裸で立っている……。  おっぱいも、おまんこも、全部丸見えで……それを何も気にしていない無表情で……。  みっともないという意識は既に消し飛んで、食い入るように僕がその姿を見つめていると、ナナミは無表情のまま口を開いた。 「ご主人様は、私の身体をご覧になるのがお好きですか?」 「えっ、あ、はい……好きです」 「かしこまりました。では、いつでもお申し付けくださいませ」  ――そう言ったナナミの表情は、ほとんど変わらなかったけど。  でも、ほんのちょっとだけ微笑んだように見えたのは、僕の錯覚だったのだろうか? 【パートナーロイド・タイプS-12型 《ナナミ》初期設定値】  一人称……「私」。  マスター呼称……「ご主人様」。  基本態度……「従順・好意」MAX。態度変化「不変」。  性知識……ゼロ。  羞恥心……ゼロ。  特記事項――感情抑制型につき、感情表現は希薄。